窓のない部屋
-後編-



「さて。どう楽しもうか」
 コルネリオの視線が上下し、ジャンの身体を見回す。
 肌、衣服、装飾品にいたるまで。面白がり、まるで舐めるように見詰めてくる。
 好奇に染まった瞳は、なんと気色の悪い事か。
 微かな音を立てて、肩に触れていた鞘が持ち上がり、コルネリオは一歩ひいて先端をジャンの額にかざす。
「ジャンよ。表情が強張っているぞ」
 さも嬉々として指摘された。
 先端はジャンの額から、胸の中心に下りる。
 そうして、軽く突かれた。衣服と筋肉を通過し、心臓へ振動が伝わる。
 コルネリオはまたしても、ジャンの身体を見回す。
 反応を楽しもうとしているのだ。反応すれば調子に乗られる。しかし、しなくても増長を促してしまう。
 どっちつかずの袋小路にジャンは立たされていた。
「くく」
 胸の周辺をコツコツと突く。
 まるで持ち物検査。目には見えない心の歪みを探られているようであった。


 鞘の先端はさらに下りた。
「っ…………」
 衝動に、ジャンは顔をしかめずにはいられない。
 先端は布越しに自身に触れていた。
「コルネリオ様、やりすぎですよ」
 笑おうとしたが声は出ず、喉が鳴る。
「私は、ほどほどは好かんのだ」
 やや上げて、なぞった。
「お前。もしも鞘がなかったら突かれて死んでいたぞ」
「ですね。急所ですから」
 柄を持つ手は器用に鞘の先端でジャン自身に弱い刺激を送ってやる。
 こんな場所で男に弄られて心地良いはずはない。だが雄の本能は正直だ。中心に血液を集めようとしているのをジャンは察する。
 おい俺よ。ここで反応したら一生の恥だ。治まれ。治まれ。
 心の内で、自分に言い聞かせ、理性を奮い立たせる。
「どうだ。気持ち良いか」
 ニヤニヤと口を緩ませて問うコルネリオ。
 彼は玩具のように男の身体で遊んでいた。
「趣味ではないので」
「だろうな。ずっとつまらなそうな顔をしている。だからこの私が楽しませてやっているのに、薄情な奴だ」
 今度は押し付けてくる。
「ん」
 耐え切れず、声が漏れた。
 ねじ込み、さらに強い刺激を与えられる。
「…………ふ」
 性衝動に体勢は前屈みになろうとして、拘束具の縄が鈍い音を立てた。
 目を細め、ジャンはコルネリオを見る。彼の視線はジャンの自身に向けられていた。
 どう屈辱的に性の興奮を高めようか、彼は面白がっている。自分が興奮しているのにも気付かず、野獣の瞳をギラつかせる。色に染められていた。
 不快感に目を背けたくなった。
 初めて直接浴びせられた性的な男の視線。相手はしかも嫌な男と来ている。これを抵抗できずに受け続けなければならない。
 反吐が出そうだ――――。ジャンは歯を食いしばった。


「いかがかな」
 ジャンの腰周りを覆う布を静かに掬い上げる。
 吊るされた本人は下を向くだけでは様子は見られないが、感覚でわかりきっていた。
 衣服では隠せないほど、自身は膨張している。
 コルネリオの手でまんまと反応してしまった事に、屈辱と羞恥と絶望が胸に染み渡った。
「さぞ屈辱だろう」
 コルネリオは声を押し殺し、肩だけを震わせて笑う。
 彼のさらなる追い討ちだろう。
「このような戯れでも楽しめるのだな。何事もやって見なければわからぬか」
 鞘を下ろし、わざわざ元の置き場所――――ジャンの下へ戻した。移動の際の横目が腹立たしい。
 再びジャンの前に立つと、手を後ろで組んでコルネリオは問う。
「どうだね。見ればわかる、辛いだろう」
「……………………………」
 ジャンは俯いたまま答えない。
「正直に言いたまえ」
「……………………………」
「………………………ふん」
 コルネリオは手を解くと、素早くジャンの頬を叩いた。
 肌が弾かれる音は嫌味なほどに良く通る。
「私が聞いている。顔を上げんか」
 頬を腫らし、ジャンは顔を上げるが答えない。
 睨みつける訳ではなく、じっとコルネリオの瞳を見据えた。
 ジャンの瞳の奥にある騎士の意志は失われてはいない。もしこれ以上の暴力を受け、死に至るほどの痛みを食らっても、絶やさずに灯る炎に感じた。
 そんなのは見る前からコルネリオは知っていた。
 ネビルの部下は皆同じ目をしている。国を愛し、国を守る為に戦う戦士たち。けれども彼らは自分のものにならない事は悟っていた。
 一筋縄では、彼らに宿る炎を揺らす事など出来はしない。もっと別の、経験した事のない、想像の範囲から逸れた行為をせねばならない。


「強情者だな。嫌いではないが」
 コルネリオはジャンから離れて壁際へ行き、縄を固定している場所へ立つ。
 何やら弄った様子を見せると、ジャンの身体が降りていく。やがて、地に足が着いた。
 けれども足は拘束されており、吊るされた縄が緩んでも解放はされない。縄はもっと緩まった。
 立てずにその場に、仰向けとなって寝かされる形となる。
 芋虫のようだ。いや――――ジャンはすぐに考えを変えた。
 これはさなぎだ。羽ばたくのを待つ、さなぎなのだ。
 戻って来たコルネリオはジャンを見下ろす。
 彼には、さぞ自分は無様に映っているだろう。ジャンは嫌な思いを掻き消すように後ろ頭を床に擦り付けた。
 コツッ。
 思わぬ音に、ジャンは首を上げる。
 コルネリオが片足の靴を脱ぎ捨てたのだ。生白い、皺の刻まれた素足が見えた。
「ジャンよ。お前はよく屈辱に耐えた。褒めてやろう」
 いきなり何を言うんだ。ジャンはコルネリオの次の言葉を待つ。
「慈悲だ。受け取れ」
 靴を脱いだ方の素足が、ジャンの股間を踏みつけた。
「あっ……!」
 電撃に近い痺れが身体全体に通る。
 膨張した自身を丸ごと踏みつけ、欲望を解放させる気に違いない。
 もがこうにも横に揺れるしかできない。
「足りぬか。もっとやろう。有り難く頂けよ」
「う………ぐ……………」
 膝が浮く。しかしコルネリオは足の間に己の足を滑り込ませてくる。
 こうされてしまっては、さすがに耐え切れない。
「やめろ…………やめて……くれ…………!」
 ジャンは懇願する。この場で欲望を吐き出す事は、騎士の誇りの死と同様に感じた。
 コルネリオの足はジャンの誇りとプライドを、踏み躙ろうとしているのだ。
「あ…………!…あ………!…………ああ…………」
 快楽の波が急速に上がってきている。大きく波立たせ、全てを飲み込もうとしている。
 必死に耐えてきた壁はこの波には勝てないと確信していた。


 コルネリオの口の端が、静かに上がる。
 硬かった感触が、柔らかくなった。湿っているようにも思う。
 ジャンは果ててしまったのだ。
 見下ろせば、彼は顔を背け、伏せており表情は見えない。
 あえて上げさせる気にはならなかった。せめてもの、情けかもしれない。
 床に転がった靴を拾い、履きながらコルネリオは言う。
「すぐには殺さない。囮として最後まで利用してやる」
 そのまま扉の方へ歩き、開いてもう一言吐く。
「さらばだ。もう二度と会いはしないだろう。誇り高き騎士よ」
 なんてな。
 扉が閉められるまでの間に、そんな皮肉がこめられている気がした。




 コルネリオは去り、ジャンはまた部屋で一人となった。
 無意識に閉じていた瞼を開けると、僅かに目尻が濡れている。
 中心から溢れた物は、ズボンに染み渡り、気持ちが悪い。
 呆然としていた。喪失感が身体全体に広がり、動けない。
 体液は時間が経てば乾くだろう。しかしこの、大きな何かを失ってしまった心は再び満たされるのだろうか。
 剣はあるのに、取る事が出来ない。死んで詫びも出来ないのだ。
 彼は、生きなければならなかった。
「くそっ」
 横に転がり、床に額を打ち付ける。
 内出血を起こし、薄っすらと染まった。




「……………………………」
 地上へ続く階段を上るコルネリオは立ち止まる。
 下を見て、そっと下腹部を伺い、息を吐く。
 見た目では、きっと自身の様子はわからないだろう。
 誰かに会う前の事前確認である。
「罪な生き物だな」
 吐き捨て、素知らぬ顔でまた歩き出した。










ノンケ×ノンケなので、そんなに弄る趣味もないだろうとこんな感じに。
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