東京の空
駅近くのファーストフード店で、菊丸と樹は雑談を交わす。なかなか合えないからこそ、貴重な時間であった。しかしここは東京の、青学の生徒がよく利用する場所。都合がここしか付かず、しぶしぶここに決めたものの、菊丸は知り合いに会わないかと、人目を気にしている。そんな彼の様子を、諦めが悪いと思っているのか、面白がっているのか、樹は眺めていた。
「そうだ菊丸」
「………………」
「菊丸」
「………………」
「菊丸っ」
樹は菊丸の座る椅子の足をつま先で蹴った。
「ん?」
菊丸は顔を上げた。そこにはすぐに樹の顔がある。
2人席な上に、樹は六角中の生徒。知っている人が見れば、その不自然さはすぐに目に付くだろう。
「ちゃんと俺の話、聞いてくださいよ」
「わかってるって、わかってる」
「どうだか」
まあ仕方が無い。樹は話を切り出す。
「ほら、新しく出来たそうじゃないですか」
「何がだよ」
「高いビルなのね」
「ビルなんて幾らでも建っているだろ」
「んー…今テレビとかで話題になっているあれですよ」
「話題っつってもな」
頬杖をつく菊丸。そんな話題、あったか無かったか、記憶に薄い。
「で、それがにゃんなのよ」
「行ってみたいのね」
「はぁ」
「連れて行って下さい」
「はぁ?」
驚きのあまり、危うく聞いているついでに飲んでいた飲み物が、器官へ入る所であった。
「連れてくって何?俺に案内をしろと?」
「だって俺、東京なんてわかりませんから」
「お前の行きたいって言ってる場所すらわからないんだぞ俺は。……あー……調べろって事ね」
どうしたものかと、絆創膏のある頬を掻く。
「しょうがねえな。わかったよ」
「ホントですか?そういう所、好きなのね」
「………………」
どういうリアクションを取れば良いのかわからず、黙り込んでしまう。頬が熱かった。
「越前ー、どこか空いている席無いかー?」
「うーん、なかなか無いっスねえ」
聞き覚えのある声が階段近くで聞こえた。とても聞き覚えのある声が耳の中へ届く。
「上の階行くか?」
そうだ行け、行くんだ。頼むから来るな。菊丸は頭を抱えた。樹はのんびりと飲み物を口に含む。
「あれー英二先輩、奇遇ですね」
「ちーっす」
席の横に桃城と越前がやって来て、挨拶をして来た。とても嫌な奇遇である。
「よ、よお」
菊丸は後輩2人の顔を見上げた。顔色が悪い。
見上げた先の後輩達の視線は、すぐに彼の連れに向いていた。
「樹さん、お久しぶりです」
「久しぶりなのね」
「で、何でこんな所に」
「偶然会ったんですよ」
「そうなんスか」
越前の疑問を樹はさらりと流す。何かここへ来る用でもあったのだろう。越前は鵜呑みにする。
このまま行けば、難を逃れるはずであった。しかしそんな時、樹の携帯が突然鳴った。
「おい、鳴ってるぞ」
「菊丸の方に鞄置いてあるんですから、取ってくださいよ」
そこで鞄を樹に渡せば何事もなく済んだ。
だが、菊丸は樹の鞄から携帯を取り出して、彼に渡してしまう。
「ほらよ」
「どうも」
携帯を差し出したポーズ、携帯を受け取ろうとしたポーズで彼らは固まる。重い空気が流れる。桃城と越前は、見てはいけないものを見たような気がした。
「電話かけますから、席はずすのね」
樹は立ち上がって、その場を離れてしまう。
「うわ、おい。樹………」
引き止めるタイミングをはずし、菊丸は取り残されてしまう。
「英二先輩」
桃城がテーブルに手を付く。
「質問良いですか」
駄目。即答してしまいたかった。
「あの後、どうしたのね?」
「ん、なんとか」
「そうですか」
エレベーターへ向かう通路を歩きながら、言葉を交わす。今日は休日。多少道に戻ったものの、菊丸は新名所へ樹を連れて行った。運が良いのか、2人きりでエレベーターに乗る事が出来た。音もなく、それは動き出す。音もなく、菊丸の指が樹の指に触れた。
「ここ、カメラありますよ」
「早く言えよ」
指が離れた。
言う前に繋ごうとして来たのに。樹は言わずに胸にしまった。最上階はもうすぐ。
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