東京の空



 寮の共同テレビで、新名所の事がCMで流れた。CMが終われば、番組でアナウンサーが新名所の中に入り、紹介をする。裕太の周りの生徒達は、興味が無さそうに流していた。当の彼は、すっかり展望台から見下ろせる夜景に、そこから漂う大人のムードに魅入られていた。
 そんなに遠い場所では無い、夜に来なくても良いだろう。金田と一緒に来られたら、さぞ良い雰囲気になるだろう。誘おうか、誘うまいか、ああどうしよう。裕太はそんな事を考えながら、部屋へ戻った。


「裕太くーん。お帰りなさい」
 ドアを開けると、観月が勉強椅子に座っており、くるりと回してこちらを見る。
「おっかえりー」
 本棚の前で読んでいた本を閉じて、木更津が振り返る。
「待ちくたびれただーね」
「先輩達を待たせるとはけしからんぞ、弟くん」
 じゅうたんの上に座っていた柳沢と野村が立ち上がる。


「あのー…先輩達。何やっているんスか」
 さっそく野村の頭をグリグリさせて裕太が問う。


「何って。裕太くんが必要とあればこの観月、飛んでいきますよ」
「必要?」
 怪訝そうな顔をした。


「金田と夜景を見に行きたいなー」
 野村が目を輝かせて言う。途端に裕太の顔が赤く染まった。
「金田…」
「不二…」
 木更津と柳沢が裕太と金田になりきって、演技をし出す。
「そうだ!そこで肩を抱け!そして…!」
 その後ろでは観月が声援を送る始末。
「ああもう何を言わせるのですか裕太くん!」
 そうして1人照れて、裕太の肩をバシバシと叩いた。


「あの、どうしてその事を………いえ、その」
「やだなぁ。僕達は君の先輩だよ」
 ははは。野村が高らかに笑う。
「そうそう、僕らの心は一心同体」
「裕太の心はお見通しだーね」
 木更津と柳沢が親指を立てる。
「さあ、僕達でどう金田くんを誘うか話し合いましょう!」
 両手を広げる観月。その後ろには後光と天使の羽根の幻影が見えたような気がした。


 あんたたち怖すぎる。そもそも勝手に部屋へ入ってくんな。
 裕太は突っ込みたい気持ちを抑える。
 そこで抑えてしまったのが失敗で。この後先輩達に、デート作戦会議と称して拘束される事となった。






 翌日の朝。目の下にくまを作って裕太は部室へ入る。
「裕太くん。おはようございます」
「……うございます……」
 ぼそっとした声で挨拶をする。既に部室の中にいた観月は、昨日裕太と遅くまで話をしていたのにも関わらず、爽やかで元気であった。作戦は金田が入って来たら、観月が話しかけ、裕太が輪の中に入るというものに決定した。裕太は緊張して、まだ運動をする前からペットボトルに口を付けて喉を潤す。
「おはようございまーす」
「よう」
 金田が赤澤と共にドアを開けて入って来る。金田の声に、裕太の心拍数は加速した。


「「おはよー!」」
 バターン!柳沢と木更津がロッカーから出てくる。ドアを開けている間だったので、赤澤と金田は彼らがどこから出現したのかは見えていないようであった。バッチリその様を焼き付けていた裕太は硬直する。
「赤澤ー、昨日観たー?」
 木更津が赤澤に歩み寄って来る。
「なんの?」
「ほらー新しく出来たあれだーねー」
 ジェスチャーのように手を動かして柳沢が言う。
「あーあれかー」
 ぽん。赤澤が手を合わせて頷く。


 あれでわかるかよ。
 裕太は思わず心の中で突っ込んだ。
 なんだよ皆グルかよ。
 もう一回突っ込んだ。
 前もって先輩達だけで決めていた作戦で、裕太を置いて話が進んでいく。


「ほらあの店とか、美味しそうだったぁ」
「高そうだーね」
「金田は知ってるか?」
 赤澤が金田に話を振る。
「何がです?」
 金田は目をパチクリさせた。
「ほら、新しく出来ただろ」
「わかりませんよ」


「ひょっとしてこれだろ?」
 ばさっ。突如わいて出た野村が、ミーティングテーブルの上に雑誌を投げる。無造作に開かれたページは、丁度新名所の紹介であった。
「わーお、ノムタク先生は話がわかるだーね」
 柳沢は雑誌を手に取り、金田に見せる。
「ああ、これなら知ってます。夜景、綺麗で良いですね」
 夜景の写真を見て金田はこくこくと頷く。
 金田も夜景が良いと思ったんだ。裕太は嬉しくなった。


「良いですね、で終わらせてはなりませんよ金田くん」
 観月の声にメンバーは振り返る。彼は前髪をいじって、金田を見た。
「行ってみては如何ですか?」
「でも」
「裕太くん、行きたいって言ってませんでしたか?」
 ちらっ。今度は裕太を見る。
 ざざっ。金田の周りにいた赤澤、木更津、柳沢、野村は後ろへ下がった。


「い、行く?」
 どもりそうになりながら、裕太は金田を誘う。
「うん、一緒に行こうか」
 金田は嬉しそうに答えた。


 金田を誘う事に成功し、着替えようとロッカーを開けると、扉の裏に一枚の紙が貼られていた。
 “裕太くん。僕達は夕方になるとお腹が空いて動けません。買出しに行ってくれる後輩の愛をお待ちしてます。 先輩一同”
 剥がして読む裕太の目は生暖かい。






 音のしない最上階直結の高速エレベーターの中で、裕太と金田はガラスの外に広がる景色を眺めていた。都合の良い日に予定を決めて、新名所へ来たのだ。話題のスポットなので2人きりで乗っている訳では無いが、緊張と期待が胸を高鳴らせる。
「綺麗だね」
「ああ」
「上はもっと凄いのかな」
「楽しみだな」
 ぼそぼそと会話をして、微笑み合う。
「また誘われちゃったな」
「え?」
 金田の言葉に、思わず裕太は聞き返す。
「今度は俺が誘おうって思っていたのに」
「嫌だったか?」
「そうじゃなくて。不二ともっと一緒にいたいって事だよ」
「そっか。じゃあ待ってようかな」
 裕太ははにかんで、上を見上げた。最上階はもうすぐ。







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