不二裕太の場合



 家族で食事をしていると、不意に兄の周助が口を開いた。
「ねえ裕太。今年の文化祭、そっちの部は何やるの」
「え?」
 驚いた裕太は反射的に兄の顔を見た。
「まだ決まってない?」
「来るつもりなのかよ」
 ついツンケンとした声が出てしまう。
「だって気になるよ。テニス部はお好み焼きだから、おいでよ。皆この日の為に今特訓中」
「わざわざ来るかよ」
「酷いなあ。もしかしたら隣同士かもしれないのに」
「え?は?」
 兄の言っている意味がよくわからない。
 よくよく考えてみると、裕太は自分が青春学園の運動部だったような気がしてきた。バスケットか陸上、はたまたクッキングだったか……混乱する。
「そうそう、本題はそれじゃないんだよ」
 周助は脱線しそうになった話題の流れを戻した。
「テニス部が今年優勝しちゃったせいで、文化祭に他校が入学希望の有力な生徒を勧誘するかもしれないんだって。裕太はもう二年だろうけど、転校させてまで引き入れる強引な学校があるらしいから気をつけて。裕太も昔はテニスしていたし」
「大丈夫だって、テニスなんて随分としていないし」
「裕太は中学に入ったらすっかりテニスしなくなったね。またする気ない?」
「ないない」
 手をパタパタと横に振った。
 心の内では“そんな訳あるか!”と否定するのに、口が勝手に本心とは逆の意見を吐いてしまうのだ。


 場面は切り替わり、文化祭真っ最中の学校に裕太は立っていた。学校の仕組みはなぜかルドルフだが気にしない。
 裕太はどこにも寄らず、学校中を見て回っていた。不二の言っていた他校のスカウトが気になって仕方が無かった。スカウトなら、もしかしたら観月さんがいるかもしれない。知り合いを見つけたくて仕方が無かった。
 校舎を出て校門近くへ行くと、他校生が目に付きだしてくる。知っている他校のテニス部らしき姿も見えた。
「あっ」
 声を上げて、裕太はやっとルドルフの生徒を見つける。柳沢と金田の二人だ。
「不二」
「おお、裕太だーね」
 裕太に気付くと彼らは手を振った。
「よくいらっしゃいました」
「広いんだね青学」
 入る際に貰ったらしいパンフレットを胸元に持つ金田。名前は立海になっている。もはや滅茶苦茶だ。
「観月さんは来ていないんですか」
「観月は大阪だーね。今日は色んな所で文化祭があるから。俺たちはここ近辺担当だーね」
「誰を勧誘するんです?」
「越前くんを」
 金田と柳沢は顔を見合わせて力強く頷く。
「い、いや越前はアメリカへ」
 兄に聞いた話を伝える。
「そうなの?」
「残念だーね」
 心底残念そうにする二人に、裕太は頬を掻きながら提案した。
「その、俺とかどうですか」
「え?なんで!」
「どうして!」
「そうですね……はは……」
 意外そうな二人に愛想笑いで苦い痛みを誤魔化す。


 柳沢と金田は別行動をすると言い出し、裕太は金田と共にする事になった。
「不二、青学って凄いね」
 金田は先ほどから同じ事ばかりを言う。
「ルドルフだって創立からそう経ってないし、綺麗なもんじゃないか」
 とうとう口を挟んでしまう。
「そうだけどさ〜」
 きょろきょろと周りに目移りをして相槌を打つ金田。
「だけど、じゃないって」
 裕太は金田の肩を掴み、自分の方を向かせる。
「俺はルドルフに入って良かったと思うんだって」
 真剣に言うのに、金田は微笑んでいるだけであった。


「は」
 裕太は目が覚める。顔を上げて机を見下ろせば、開かれたノートにはミミズのような暗号が書かれていた。
「さて」
 気を取り直して勉強を再開する裕太。
 テストが終わればテニスが出来る。まだ頭の中に残るのは夢で見た金田の顔。
 夢であった事を忘れない内に、現実の金田に会いたくなった。


 夜が開け、朝の光が差し込む。
 今日という日の始まりだ。








「不二」
 放課後、荷物をまとめて教室を出れば金田に出会う。クラスが隣同士なので、出る途端にばったり会うのはよくある出来事だ。
「よお」
 軽く挨拶をして、二人は同じ方向を歩き出した。
「今日良い天気だな」
 金田が窓を見て言う。確かに良い天気だ。こんな日だというのに、今日はテストで部活もスクールも無いときている。
 日の光が校舎に反射して、裕太は夢で見た事を思い出す。
「この学校、綺麗だよな」
「え?建ってそう経ってないしね。どうしたの?」
 まるで転校当時に戻ったみたいだと金田は笑う。
「いや、俺ここに入って良かったってさ」
「なに?新しいから?不二は新しもん好きなのか?」
「それもあるかもな。金田はどうだ」
 否定はせずに、今度は金田に聞く。
「ええ?良かったとは、思うけどさ」
「煮え切らないなぁ。ルドルフじゃなきゃ赤澤さんだって俺だっていないんだぞ」
「そういう話なの?」
 金田にはいまいち裕太の話がつかめない。
「そういう話」
 きっぱりと言い放つ。そうして間を空けずに次の話題を振った。
「金田はこの後、家に帰る?」
「そのつもりだけど、なに?」
「ストリートテニスやって行かないか」
「良いよ。でも道具は部室だから、一回そっちに行かないと」
「俺も荷物はあっち」
 二人の歩調が速まる。校舎を出れば走っていた。なのに競争にはなっていない。あくまで速度を揃えようとしている。抜かすタイミングを計っているのか、お互い企んだ笑みを浮かべていた。
 誰かが“走るな”と呼び止めているが、無視して突っ切る。いつもなら大人しく従うのに、今日はそんな気分ではなかった。







 


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