唯一有彩色 <1>
突き立てる刃。途中までは柔らかく、残りの部分は力を込めて。
鈍い音が聞こえたら、あとは簡単。
落ちていく。
むせ返るにおい。
魅力的なにおい。
天上の赤。
至高の赤。
美しき花。
付けたままのテレビからニュースキャスターの声が聞こえる。
今日もまたキラによる殺人が行われました。すでに定番となったフレーズに淀みはない。
テレビの音声を聞きながら月は本棚から分厚いアルバムを取り出した。
Lからの指示でキラ対策として月の写真も処分しなくてはならなくなった。
しかし母親として息子の写真を手放すのを幸子はだんとして拒否した。
父とLが相談した結果、安全なところに預けるという話で方が付いた。
それ自体に文句はない。
預ける場所がLの元でなければ。
今から捜査本部に向かうので、ついでに写真をすべて持っていくことになっていた。
『月、これ見て良いか?』
リュークが指し示したのは中学の卒業アルバムだった。
一度も開かれる事なく本棚の奥で眠っていた本は、うっすらとほこりをかぶっている。
「別に良いけど、何もおもしろいものでてこないよ」
月の許可を受けてリュークはアルバムをめくった。
どうやら月を探しているらしい。次々とページをめくるリュークの手を月は止めて、自分のいたクラスのページまで一気に進めてやった。そこには行事などに浮かれる一般的な中学生の姿が写っていた。
リュークは黙々と写真の群れを追っていたが、その中の一枚で目が止まった。
『これだけなんか雰囲気違うな』
「ん。どれ?」
リュークが示したのは月の写真だった。
確かに仲間たちと馬鹿なことをやってたり楽しそうに笑う写真の中で浮いている。
気だるげな表情でいる中学生の月が一人、植物で彩られたアーチをくぐる姿だった。
アーチに絡みつく植物には美しい赤い花が咲き乱れている。月の容姿とも相まって絵になる情景だった。
「修学旅行で行った花園の写真だね。載せるような表情してないけど」
『なんかつまんなそうな顔だな』
「実際つまらなかったんだよ、一般的な中学男子にとっては。女の子は楽しんでたけど」
各写真に付いた寄せ書きの様なコメントに写真部傑作というふざけた文句が載っていた。
受け取ってから一度も開くことのなかったアルバムにこんな写真がのっていたのは予想外だった。
リュークの手が次のページをめくる。クラスの集合写真とクラスメイトの写真付き一覧だった。
まだ幼く初々しい表情の月が、少し緊張した面もちでカメラをまっすぐ見つめている。
「もう良い?そろそろ行くよ」
『おう。分かった』
月に促されアルバムを閉じようとする。リュークはその集合写真の中の一人の人間の姿が何となく気になった。正面を向いた人々の中でひとりわずかに横を向いている。
「リューク」
再度呼び掛けられてリュークはアルバムを閉じて月に渡した。
それを鞄の中にしまうと付けられていたテレビを消そうとリモコンを取る。
テレビは今話題の連続殺人を報道していた。猟奇的なその手口に人々の話題を集めている。
その生臭い犯行はキラ以上に人々の興味をさらっているらしい。
『月こいつ殺さないのか?』
「名前も顔も分からないからね……分かれば殺してやれるんだけど」
月の指がスイッチにのびる。
アナウンサーの声が中途半端な所で途切れ、テレビは灰色の画面を写し出した。
まだ初夏ともいえる季節なのに空気は熱を帯びて不快だった。
Lに告げた約束の時刻まで少し間があったため、駅からタクシーではなく歩きで行こうとしたのが間違いだった。季節に反した熱さに辟易する。
片田舎の町であれば新緑の香りや木陰の涼しさに癒されるのであろうが、あいにくビルが立ち並ぶ都会である。そのようなものは一切なくアスファルトが太陽の熱を反射させ、立ち並ぶビルが冷房の代償に熱風を放射していた。
ふと人々の流れに不和が生じた。道行く人も、車の流れも普段とは異なっている。
遠くを見れば人だかりがあり、その横にはパトカーと交通整理をする警察官。
「事故でもあったのかな?」
月のつぶやきにリュークはふわりと宙に舞って人だかりの方を覗きに言った。
『すごいことになってるぞ、月』
リュークの言葉に少しだけ歩みを速める。人だかりに近付くにつれ、なま暖かい空気に異臭が混じった。
鼻につんとくる刺激臭は生ゴミが腐った臭いに近い。
黄色い侵入禁止のテープがはり巡らされているのが見えた。
そこを出入りする警察官達。人々の歩みは好奇心と嫌悪感で乱れている。
月は横を過ぎ去る時、そっとテープの向こうを覗き込んだ。
そこは小さな公園だった。ビルとビルの隙間を縫うようにして作られた小さな公園。
ブランコと滑り台しかない遊具。
その中心には仕切るような壁があって、おそらく近所の子供達が拙いながらも一生懸命描いた絵で彩られたいた。
しかし今その絵は赤黒い色で塗りつぶされている。
子供達の絵を塗りつぶしたのは赤黒い色で描かれた花だ。たくさんの花々が描かれている。
その絵を作った絵の具は間違いなく、血液。
壁の中心に警察官の人だかりが出来ていた。彼等は何かを運び出している。
そしてそれこそが一体に広がる刺激臭の発生源。
腐ってしまった女の首。
月と同じように覗き込んだサラリーマンが口元を押さえて足早に通り過ぎた。
好奇心にかられて覗き込んだ者、嫌悪感で立去る者、みんなが足を速めて動く。
やっと人の群れを抜けた時、黒い死神が月の横に降り立った。
「見物は終わりかい?」
『死体見てもつまらないしな』
本当につまらなそうに言う。死体への嫌悪は全くないらしい。死神なのだから当然とも言えるが。
「さっさと行こうか。ここは臭いがきつい」
すこし早足で歩くのはまるで事件現場から逃げるようだった。
気持ち悪いな、と思った。
頭の中には腐った女の生首が浮かんでいた。