唯一有彩色 <2>
ホテルのドアが開くと一気に冷たい空気がなだれ込んできた。すっと汗がひいていくのが分かる。
あたりを少し見回せば、豪奢なロビーの中で長身の人影が手を振っていた。
「こんにちは。松井さん」
「こんにちは。近くで事件があったらしいんだけど大丈夫?」
何を指して大丈夫なのかは分からないが、純粋に心配しているのは事実だろう。
月は誰にも好かれるような笑顔を作って松田に答えた。
松田に案内されて捜査本部となっている部屋に通される。
入ったときに相沢が軽い挨拶をした。丁寧な挨拶を返してあたりを見る。どうやら父はいないらしい。
「いらっしゃい。月くん」
ソファに座る部屋の主が資料から顔をあげて言った。
「こんにちは、竜崎。写真持ってきたよ」
月は手に持った紙袋を見せて、部屋の端に置いた。
Lはそれを確認すると再び資料に目を落とす。いやに熱心だ。
「何か進展があったのか?」
「あぁ……コレはキラ事件の資料じゃなくて例の連続殺人の奴です。警察から相原さん経由で届きました」
「なかなか犯人の目星が付かなくてな。キラ事件で協力していないのに力を借りようだなんて虫の良い話なんだが」
Lの言葉を受けて相沢が答えた。その表情には苦渋の色が混じっている。
「別にかまいませんよ。まだこの事件に取りかかるか分かりませんし」
「そうなんですか?」
松田は目を見張って聞いた。
Lがこの事件の捜査をするのを当たり前の事と考えていたらしい。
確かに正義を掲げるLとしては凶悪事件の捜査に手を貸すのは当然といえるだろう。
そう考えるのが普通だ。
「キラ事件が優先ですから。もっともキラが気を使ってくれて、私が捜査をする間殺人をしないのなら別ですが」
軽口の様だがその言葉に含む所があるのは明白だった。
Lの目はしっかりと月を捉えていて、皮肉が月へ向けての言葉だと証明している。
しかしこの程度の皮肉は日常茶飯事。月は笑って応えた。
「キラにお願いしたら案外聞いてくれるかもよ」
「どうしてです?」
「キラも犯人を殺したいだろうから。…………捕まって報道されれば殺せるからね」
「なるほど。では是非そうして下さい」
月をキラだと断定した物言いに本部の空気が一気に悪くなる。
それをなんとか取り除こうと松田が声を発した。
「この事件の現場すぐそこなんだよね」
「えぇ、三人目の事件が」
「人だかりがすごかったよ」
「あ、月くん見たんだ?」
結局事件の話からは離れられなかったが、それでもあの殺伐とした空気から逃れられたことに捜査員二人は安堵した。
月とLの二人は時として猜疑にまみれたやりとりをする。
あんな会話をしておきながら友達としてやっていけるのには、健常な感覚を持つ相沢や松田にはなかなか理解できない。
「どうでしたか?」
「何が?」
「殺人事件の現場の感想です」
「あぁ、腐った臭いがしたよ」
さらりとした言い方だったが想像してしまったらしい松田は口元を押さえた。
「三人目はかなり発見が遅れたと聞きました。最近は暑いですから腐乱してしまったんでしょう」
コレです。とLが差し出した写真を反射的に月は受け取る。
中には酷い顔をした女の生首が写っていた。月が見たやつだ。
気持ち悪いとは思ったが驚いたことに嫌悪などはなかった。詳細に観察する余裕もある。
「ご感想は?月くん」
「ん、そうだね……殺された人には悪いけど汚い死体だ」
月の率直な感想に怖いもの見たさなのか後ろから松田が月の手元を覗き込んだ。
それを見て「うえっ」と変な声を出す。
「竜崎そんなの見ながらよく食べれますね」
松田が気持ち悪そうな声で言った。
確かにLの目の前には資料とともに山盛りにフルーツの乗ったタルトが置いてある。
死体写真を見ながらティータイムをおくっていたらしい。
心底嫌そうな顔の松田をLは不思議そうに見る。
「松田さんだってFBI捜査官のビデオを見ながら食事してたでしょう」
「あれ全然違いますよ。心臓麻痺ならただ倒れてるだけじゃないですか!」
松田の強い抗議にLは「そんなものなんですかね」とあまり理解できないらしい。
確かにキラの殺人はこの猟奇殺人と比べれば視覚的なダメージは少ないかも知れないが、Lにとってはどちらもただの死体なのだろう。
「月くんも一緒に資料見てみますか?」
その言葉に誘われるまま月はLの横に腰掛けた。目の前に並ぶ死体写真はなかなか鮮烈だ。
連続猟奇殺人事件。
被害現場には血でかかれた花の絵があり、その中心に生首が置かれているという気味の悪い殺人事件だ。
被害者は手足首胴の6個のパーツに分断されバラバラに投棄されている。
なかなか死体が集まらない上、全員裸体で遺留品はない。
「パーツが6個あるのに意味は?首だけじゃ駄目なのか?」
「周りに絵を描いてるでしょう?四肢を筆みたいに使って描いているようなんです。
断面に擦れた痕と壁の破片が付着していましたから」
擦れた断面を想像したのか、松田がもう一度気持ち悪そうにする。
「松井……仮にも刑事課だろう」
相沢の呆れたつぶやきに松田はすまなそうな顔をした。
「死体なんか慣れない方が良いですよ」
月の正論に松田はほっとしたような顔で「そうだよね」と答える。
相沢はいつまで経っても慣れない松田よりもすでに慣れきったような月の方が気にになった。
本物の死体写真など普通に生活していて見れるものじゃない。
平然としている彼は確かに一般的な大学生から逸脱していて、Lが疑うのも仕方ない気もした。
そのLは月と松田の軽口を胡散臭そうな目で見ていた。
2人の会話の終わるタイミングを見計らって話を再開する。
「被害者は皆女性。それも全員入国ルートが怪しい外国人労働者です」
「身元の確認は?」
「時間はかかったようですが一応取れています。しかし犯人につながる要素はなさそうですね」
後ろから松田がのぞき込み、死体写真をなるたけ見ないようにしながら被害者の資料を持っていった。
その動きをLの眼がじろりと追う。
「この女性達が殺されたんですか……皆美人なのにかわいそうですね」
覗き込もうとする月の仕草に気づき松田が資料を傾ける。
そこには確かに平均より美しい女性達の顔が資料として載せられていた。
「もしかして容姿に共通点多い?」
月の言葉にLは頷いた。
「皆平均以上の顔立ちで髪型もショートカットと共通しています。
被害者には性交の痕跡がありましたから犯人の好みなんでしょう」
「強姦のうえ殺人……最低だな」
吐き捨てるように相沢が言った。
月もその言葉に同意する。
最低な人間だ。この犯人を見逃すのはキラの尊厳に関わる。
必ず殺さなくてはならないと月は改めて決意した。
「まぁ猟奇殺人もほどほどにしてキラの捜査を始めましょう。
2週間に3人のこの事件と違って、キラは1日で3人殺してるんですから」
Lの言葉に話はキラ事件へと移っていった。
「本当にキラばかりだな」
そう月が言うとLはまるでそれが誇りであるように笑った。