パラレルお題
唯一有彩色      <5>
 深夜の住宅街を一台の車が走り抜ける。
それは閑静な住宅街には似合わない早さで、もしかしたら罪のない一般市民の安眠妨害をしているかも知れないと運転をする松田は思った。
 しかし松田の思いとは裏腹に後部座席で独特のスタイルで座る男はスピードにたいそう不満らしい。
「松田さん、もっとスピードをあげてください」
 普段は滅多に感情を見せないLの声に苛立ちがこもっている。そうとうイライラしているらしいが松田にはどうしようもできない。
「無理です。もう制限速度ぎりぎり……」
「交通法規など無視して構いません」
「だめですよ!僕一応警察官なんですから」
 冗談のような本気のやりとりをしつつ、やっと車は目的地である派出所前にたどり着いた。
窓から漏れる黄色い人工光に松田はほっとした。
 住宅街は暗すぎて静かすぎる。
人がいるという証明の明かりは松田の心を穏やかにした。
「すみますん、相沢さんの同僚なんですが……」
 声をかけつつ派出所のドアをくぐり抜けると、そこには若い男女の制服警官と毛布にくるまった女性が座っていた。男の方が二人に気づいて手をあげる。
 そのまま当たり障りのない挨拶を交わす松田達を無視して、Lは襲われただろう女性の前に立った。
 女はLを見るとびくりと震えた。毛布を強く握りしめている。
「あなたを助けた青年について話しなさい」
 いつもより一段と低い他者を威圧するLの声に女は毛布を掻き抱いた。
 襲われた恐怖から男性不信の状態になってしまったらしい。
襲った犯人と目の前に立ちふさがるLを重ね合わせて震えている。
(早く聞きださないといけないのに、面倒なことだ)
 苛立ちがあからさまに顔に出たのか、婦警が被害者の女を背にかばうようにして立ちふさがった。
どうやらむやみに被害者を傷つける敵と認識されたらしい。
 女同士が妙な連帯意識を持つことに理解しながらも、Lは煩わしくてたまらなかった。
「竜崎、そんなに睨んだら怖がっちゃいますよ」
 うしろから松田が声をかけてくる。
月が大変かも知れないのに暢気に挨拶などをしている輩に言われたくない。
「聞きたいことあるんですけど……大丈夫ですか?」
 長身を降り曲げて女の目線で松田は語りかける。
すると女は小さく頷いた。
 対応の違いに少し不満を感じたが、Lはあえて気にしないことにした。
話を聞くのは松田にまかせて争った現場に向かおうと派出所を出る。
 夜の道は暗く明かりが少ない。
それでもぼんやりと分かる街の輪郭にLは不思議な気持ちになった。


この道は夜神月の世界だ。
夜神が使うLの知らない道。
そこに自分ひとりでいるのはひどく可笑しいことだった。


 暫く歩くと木々の隙間から現場が見えた。
踏み荒らされた地面を注意深く観察する。
 暗闇の中で手をつくと指先にぬるっとした感触があった。凝固し始めた血液だ。
(月くん……)
Lは高ぶらせた感情を押さえつけるため爪を噛んだ。
指先に付いた血液の味を感じてますます嫌な気分になる。
 神経を研ぎすまして周囲を観察する。
密集する雑草が不自然な形に倒れていた。
踏み荒らされたのとは違う、何かを引きずった跡の様だった。
 少なくとも月かも知れない誰かは此処で争い、そして無事かどうかは分からないが連れ去られたらしい。
 情報が必要だ。改めてそう感じたLは派出所へ戻ろうときびすを返す。
真っ暗な道を駆け抜けると自然と息があがった。
らしくない自分の状態に苦笑いする。
「竜崎……」
 息を荒くして帰ってきたLをみて、松田は驚いた表情を見せていた。
だがそれだけLの心が荒んでいると判断したのか表情を固くする。
「彼女を助けたのは月くんで間違い無い様です」
「根拠は?」
「写真を見せたんですが、間違いないと……」
「……何故月くんの写真が?」
 そう言うと真面目にしていた表情が一気に崩れて目が泳いだ。
じっと理由を言うのを待っていると頭を下げながら言い訳する。
「すみません!あったら便利かな〜と思って今日月くんが置いてったアルバム持ってきちゃいました!」
 怒られるとやけに腰を低くする松田にため息を漏らす。
Lは改めて松田は自分を呆れさせる天才だと感じた。
「必要だと判断して、結果役に立ったのなら謝る必要等ありません」
 松田のホッとした表情に肩の力が抜ける。
自分が思った以上に緊張している事が分かった。
「現場には引きづられた跡がありました。月くんは犯人に連れ去られた可能性が高い」
 その言葉で皆に緊張が走った。
重苦しい雰囲気の中、被害者の女性がそっと小さな声を発す。
「わたしも連れてかれるところだった」
「本当ですか?」
 彼女に近付き見下ろすように聞く。
次の言葉をなかなか発しないことに焦れたが、ふと彼女の体が震えている事に気付き、松田と同じように屈みこんで視線を合わせた。
 女が小さく息を吐いた。震えが少しだけおさまる。
精神の余裕は必要なことだ。Lにも彼女にも。
「あの男はわたしに変な布を押しつけようとした。
あのにおいはクスリだ。だから逃げた」
「……なるほど」
 薬品を使い連れ去る事を目的とした暴行だとすると、月はこの女性の代用として連れ去られた可能性が高い。
 問題は何故連れ去られたかだ。
「わたしの仲間が最近殺された。だからそれかと思った」
「殺されている?」
 その言葉で女が日本人でない事に気が付いた。
話す言葉は些細だがイントネーションが異なり、顔だちもやや違う。
女はアジア系のなかなか美しい顔をしており、その髪はショートカットだった。
 異国人、美しい顔だち、ショートカット、連れ去ろうとする男。
全てが1つの犯罪に繋がる。
「分かりました……ありがとうございます」
 女性に礼を言いながらも怒りに拳が震えた。
月を連れ去ったまだ見ぬ犯人に殺意が湧く。
「……助けてあげてね」
「当然です」


「私のものに手を出そうとしたのだから、万死に値します」


 立ち上がって言い放つ。
見下ろされている事よりその声の放つ威圧感が女性の身を震わせた。
毛布を抱いて、息が荒くする。
目の前の相手が、自分を襲った犯人よりも恐ろしいものに見えて仕方なかった。
「あなたは怖い人ね……」
 声には出さず唇の形だけで「連れ去られた人に同情する」と女は告げた。
Lはその言葉を正確に読み取って、笑った。
「御安心を。彼も負けず劣らず怖い人ですよ」
 穏やかな笑みだった。
Lの言葉の端々には月を自分こそが理解していると言う自負が感じられた。
確信に満ちた言葉と笑みが狂気にも似ていて、目の前の男が心底恐ろしく女には見えた。
 そして女は唐突に理解する。
この男も、この男に執着される自分を助けた青年も、自分とは違うものなのだと。
女は裏社会に近い所に住む、夜に隠れて暗い道を進む側の人間だった。
そんな自分よりも目の前の男が棲む場所は暗い。



女は勇気を振り絞り、目の前のLを見据えた。
Lの向こう、ガラスに隔たれた外界の空では月がギラギラと輝いていた。
次はやっと話を月に戻す予定。
自分で書いといてなんですが
事件被害者への態度としてLは酷いと思う。





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