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かなぐり捨てるように鎧下も脱ぎ捨て元々の衣服を身に着けたレイヴンは、羽織を掴んだまま飛び出すように城を抜け出る。
欲しいだけの情報は手に入れた。中和剤の手配も終えている。
ならば、残されたのはユーリを連れ帰ることだけだ。
早く、一刻も早く。
尋問の間も、考えていることと言えばただそれだけだった。
早くユーリの居場所を。
早くユーリを救出するための手立てを……と。
そのためならどんな手段でも使ったし、死人を呼び起こすことすら厭う気はなかった。
たとえ元部下たちの目の前でも、さっきと同じことくらいはしてのけたろうし、もしあれで口を割らなければ更に手を掛けたはずだ。
そう、全ては一秒でも早くユーリの居場所と状況を掴むため……
ユーリの現状が把握できなかったのは痛いが、現段階ではそこまでの贅沢も言えまい。
とにかく、居場所はわかったのだからそれだけでも構わない。
(本当は、逮捕なんて手緩いこと聞きたくも言いたくもないけど。
出会い頭にまとめて一気に……でも、一人じゃ限界があるのよね…)
「ほんっと残念……」
低く呟き、レイヴンは一直線にある場所を目指す。
本来なら独りで相手の根城まで行きたいところだが、周辺情報からの推測だけでもそれはさすがに厳しかろう。
さらに、聞いた限りの護衛配置で留まる話とも思えない。
あのオーナーのやることだ。警戒に警戒は重ねているはず……
となれば、連れは欲しい。しかし、足手まといは真っ平ゴメンこうむりたい。
そう考えて真っ先に思い当たった適任者の所へと、レイヴンは急いだ。
「彼」は特定の場所に腰を据えているわけではないが……今どこにいるか、不思議とわかるような気がしている。
羽織に袖を通しながら裏路地を駆け抜け、市民街を下り、下町の井戸傍から階段を駆け降りた。
下町の酒場、宿屋を兼ねた二階の一室……借主不在の下宿部屋の扉を開ける。
部屋へ滑り込み、ベッドサイドの定位置へその姿を確認してレイヴンはほっと肩で息をついた。
「……わんこは、やっぱりここに居んのね」
至極当たり前のように、ラピードはそこにいた。
いつだったか、皆と過ごした旅の途中でユーリの部屋へ転がり込んだ日のように、全く変わらない場所で見覚えのある仕草で丸くなり……
ユーリが行方不明になっていることもわかった上で、ユーリは必ずここへ帰ると信じているかのようだ。
いや、わかっているはずだ。なにしろ、あの青年の相棒なのだから。
ちらと隻眼に視線を向けられ、我に返ったように瞬いたレイヴンは苦笑と共に両膝を落とす。
そして、
「――すまん」
ラピードの前に両手を突き、深々と頭を下げた。
「わかっていると思うけど、ユーリが攫われている。
原因は全て……俺の失態だ。読みが甘かった。本当にすまない……」
押し殺した声が掠れる。
今まで抑えに抑えていた感情が噴き出しそうになるのを堪えながら、レイヴンは伝えるべき言葉を紡いでいく。
「この責めは後でいくらでも負う。どんなことでもするから、今は力を貸して欲しいのよ。
ユーリを……迎えに行くから、力貸してくんない? お前さん以上の適任は、今は考えられない」
レイヴンは土下座したままの姿勢で頭を上げ、鋭い隻眼にぴたりと視線を合わせた。
瞬きもせずにこちらを睨む瞳は姿形こそ獣だが、その器に内包された魂は人間のそれに等しい……いや時にそれ以上の知性と意思を明示する。
共に旅をした仲間たちにとって、彼はただの犬ではなくラピードという仲間なのだ。今のレイヴンにとっても変わらない。犬に対する態度ではないのも当然だ。
だから、ひたすら待つ。
ふざけることも道化ることもなく、ラピードの視線を外すこともなく……ただひたすら、それを待った。
一瞬が十年ほどにも感じられる重みで圧し掛かる、その圧力に耐えるレイヴンの鼻先で、鋭い鼻息が空気を割る。
しなやかな上半身を起こしピンと伸びた首筋の先、銜えた煙管がふいと扉を指した。
呆然とする男に喝を入れるかのように、強い尾がばしっと壁を叩く姿はまるで、
(お前などに言われるまでもない。頭を下げられる謂れもない)
と言わんばかりだった。
盛大な苦笑混じりでくしゃりと破顔したレイヴンが、自分の顔を撫でる。
「そう……よね。おっさんなんかに、言われるまでもないか。
は、はは……っとに、相棒までオットコマエなんだから……」
掠れた語尾に、僅かに湿り気が混じる。吐きだす吐息が震えて、レイヴンは笑みの形に歪んだ唇をきつく噛んだ。
が、ラピードの短い声にすぐさま立ち上がり床を蹴る。
「おうよ、行こうじゃないのわんこ。
――頼りに、してますよ、ってね」