(※ED後+ED後にレイユリ成立済みの後)


 何がどこをどう転がってスキル変化を起こしたのか、ごく身内の茶会の話題が、初恋だの憧れだのというコイバナに展開していた帝城の昼下がり。
 エライ方からのほとんど強制の末だったとはいえ、うっかり爆弾を投下したのは帝国騎士団団長代行殿であった。
「――子供というのは他愛もないもので、挨拶の意味と信じてキスしたりすることもあったり…」
「………?」
 エステルが、目を見開いて硬直する。
「挨拶、で、です…?」
「あ、いえ、本当に深い意味は全くないのです。
 ただ、幼い頃、身近な大人たちに挨拶と教わり、一時期そんなふうに…」
 しどろもどろでフレンが慌てふためく。
 しかし、幼い頃であろうと、彼がそういうことをする対象として選ぶのは、確定的に一人しかいない。
「もしかして、ユーリと、ですか?」
「ええ、まあ…いえ、本当に一時のことでし」
 フレンの言葉が終わるより早く、真っ赤になったエステルが椅子を蹴って立ち上がった。
「あの、エステリーゼ様?」
「フ、フレンのばか!!
 わたし、知りません!!」
 乙女の発言はいつも唐突である。
 一体何について「わたし知りません」なのか、堅物の団長代行閣下にわかろうはずはなく、取り繕おうとしたのか真意を確かめたかったのか、ただ必死で頭を回転させ、放った発言が。

「エステリーゼ様、”どちら”にご立腹なのですか?!」
「………ほ…」
「ほ?」

「『ホーリーレイン』!!!」
「うわあぁぁああ…?!!」

 無駄に満月の子の本領を発揮し、団長代行殿を術技一発で撃破なさった副帝閣下は一瞬眉を下げ、それでも一目散に部屋を駆け出していってしまった。
 昏倒する団長代行に、ファーストエイドを必死で唱え続ける忠実な副官は、
「おのれ、またしてもユーリ・ローウェルのせいで…!」
 拳を握りそんなことを口走っている。
「……一見、筋が通っているように見えますが、その実、ベクトルの方向が間違っているのは、私の気のせいではないはず。
 人間模様というのは、実に面白いものですね。
 いやしかし、どうしてこう毎回違うパターンで何かが起きるものなのか」

 茶会の主催者であるところの、…既に英邁な君主として名声を高めつつある若き皇帝陛下は、実に興味深そうに呟かれ、香り高い紅茶を優雅に飲み干しあそばされた。


  ****


「――っつー話を、昨日晩、天然陛下からフレンの部屋で聞かされたオレのいたたまれなさがわかるか、おっさん」
「………ああ、まあ…そうねぇ。
 ていうか、どこから突っ込んでいいのかわからないんだけどね?」
 愚痴を聞けと押しかけてきたユーリにとりあえず酒を飲ませ、語るところを黙って拝聴していたレイヴンは頭を抱えた。
 ユーリが城内のフレンの私室へ遊びに行くことについては、どんな手段かも含め、
よーーく知っている。
 スタートの状況はわかるっていうか、そこのところも警備は何してるとか突っ込みたいことはあるけどもっと大きな問題は。

「ええとね、青年。…まず、なんで団長代行の部屋で、陛下とだべってんの?」
「知るかよ」
 ユーリの返事はにべもない。
「向こうが勝手に来やがるんだ。理由は本人に聞いてくれ」
「来やがる、て、あのね…」
 レイヴンは絶句する。
 まがりなりにも、騎士団隊長主席として長年勤めた身としては、城内奥とはいえ最重要人物にふらふら出歩かれる護衛・警備の気苦労が思いやられて仕方がない。
 しかし、ユーリとしてはそんなもの知ったことではないのだろう。
「あっちさんの言い分としては、エステルがたまに街に出て自由に歩き回ってるのに、自分は警護を固めた城内ですら、供を連れてであろうと歩くことはできないのか…ってな。
 でもって、護衛に加えて影供は必ず連れてるし、自分もそれなりの心積もりはしてるつもりっつーて、見せられたのが大量のアワーグラスとリバースドールだったんだよ。
 それだけの用意と覚悟があるなら、オレには何も言えねぇよ。
 それなら、そのうちウチのギルドの首領に、チキンランとチキンハートのコツでも聞いておいてやるよ、って言って帰ってきたんだけどな」
「…ああああああ………」
 ヨーデル陛下の気持ちもわからなくもない、少しは。
 ユーリの言いたいことも、…まあわからなくもない、少しは。
 しかしだ。
「あの、…それ話した時に、団長代行、いたの?」
「そりゃいるだろ。本人の部屋なんだから」
「…………」
 うわあ。
 なにそのメンタルフルボッコ。
 絶対的上司の口から親友に色々暴露された末、本人からの城内散策宣言をかまされた城内警備の最高責任者。しかも、用意済みのその色々はエンカウント後&戦闘時死亡後に役立つものです陛下…。
 いたたまれないのは本来、ユーリよりむしろフレンの方ではなかろうか。
「まあ、天然陛下になにかあっちゃフレンの首が飛ぶからな。それについては、しっかり言っておいた。
 フレンもなぁ…なんか死んだ目して呆然としてたけど、天然陛下がいる間はしっかり立ってたぜ。
 全く…苦労すっけど、騎士の鑑ってやつだな」
「………ほんっと、彼も苦労してるわ」


  ****


「ところで、ちょいと聞きたいんだけどね」
「なんだよ」
「団長代行、エステル嬢ちゃんへの質問について、何か言ってた?」
「いや…そこまで聞ける状態じゃなかったな。
 陛下が部屋出てった後、黙ってオレにすがって泣きそうだったもんだから」
「……ご愁傷様だわね、ホント」
「まったくだな。
 しっかし、エステルもわかんねぇよなぁ…。何そんなに怒ったんだ」
「あ…ははは」

 レイヴンの頭に、「類友」と言う単語が飛び交った。
 この似たもの兄弟分は、どうしてこうも本人らの絡む恋愛についてのデリカシーが欠落しているのか。それ以外のことなら、気を遣い過ぎるくらいだというのに。
 まあ、今回の当事者にもわかっていないのだろうとは思う。
 フレンの言った「どちらに立腹」とはおそらく、キス=挨拶だと思っていたこと、そして子供とはいえ男と挨拶のキスをしていたこと、のどちらかという感覚だろう。
 しかし、エステルの認識した「どちら」とは全く違うはず。
 これもまた、本人の無自覚ではあろうが彼女の認識した二択は、フレンのファーストキスがユーリだったことに対して、あるいはユーリのファーストキスがフレンだったことに対して、の怒りだろう。
「嬢ちゃんのは複雑だわね。本人もわかってないだろうけど?」
 いまや淡い思いを交わし合うフレンに対する想いとは別の、ユーリへの想い。
 エステルにとってユーリは身近に降って沸いた『永遠の憧れ』なのではなかろうか。
 言ってみれば、隣の家の青年に憧れる少女…よくある話である。

「なにブツブツ言ってんだ?」
「いんや、別に?」
 レイヴンは、ユーリの認識も知りたくなる。

「青年にとってさー」
「ん?」
「エステル嬢ちゃんって、どんな認識よ」
「どんなって…、……手のかかる妹かな」
 なるほど納得である。
「んじゃ、リタっちは?」
「エステルと同じだな」
「カロル君は?」
「弟かな」
「ジュディスちゃんは?」
「んー…戦友だな。んで、時々ライバル」
「ははあ、なるほどねえ」
 ジュディスについて触れると、ユーリの口元に楽しげな微笑が浮かぶ。
 戦闘について、ああまで意見の合う二人も珍しかろう。
「んじゃ、団長代行は?」
 さらっと本命の質問を投げると、即答が返ってきた。

「フレンはフレンだろ」
「え、ちょい待って待って青年!なにその特殊カテゴリ?!」

 レイヴンは思わず目をむく。
 何でそんなに別枠扱いなんですか、深い仲になった恋人を目の前にして。
 泡を食ったレイヴンを、ユーリは不可解なものを見る面持ちで眺める。
「何って、しょうがねぇだろ。
 腐れ縁で、小さいときから一緒に育った仲で、ダチで、時々おせっかい過ぎる野郎で、絶対に縁の切れそうにない…そういうの全部ひっくるめて、フレンはフレンとしか言いようがねぇじゃねぇか」
「……こりゃ、ダメか」
「なんだよ」
 いささか不機嫌な表情になってきたため、追求を断念する。
 そもそも、今更二人の絆に割って入れるとは思っていなかったが…それでも、釈然としないものは否定できない。
 レイヴンは、おそるおそる最後の質問をした。

「じゃあ、俺は?」
「おっさんはおっさん」
「………」
 なんだろう、この釈然としない気持ちパート2。
「あのー、それっておっさんていうカテゴリなの?それとも、「ただのおっさん」扱い?」
 レイヴンの問いかけに、ユーリは黙って片眉を上げた。
「あー、…そういやいまさらだけど」
「何よ」
「おっさんって、本当におっさんだったんだな。
 計算したら、カロルくらいのガキいてもおかしくは……って、おい、ちょ、大丈夫かよ?!」
「ダメ…、俺様もうダメ…」
 なんというかこう、致命傷を食らった気分だ。こんなダメージは、ラスボス様に食らった秘奥義以来かもしれない。
 うつろな目で、長椅子にずぶずぶと沈みこむレイヴンの姿に、ユーリが慌ててとりなす。
「冗談だよ、冗談!
 や、そりゃ実計算は…って、いやそうじゃなくて!」
 グラスをテーブルに置き、回り込んでレイヴンの隣に座ると頬をペチペチ叩く。
「しっかりしろってば。
 あんたとオレの仲なんて、今更だろ。オレがあんなこと許してるのも、あんな姿見せんのもあんただけだっつの!」
「それにしても、青年ちょっと今のは酷かった…」
「悪かった。悪かったって」


   ****


 さすがに言い過ぎたと思ったのか、
「機嫌直せよ」
 と、珍しくユーリからの濃厚なキスがあり。
 それで火がついたレイヴンの行為にも、ユーリはまた珍しく積極的に応じて…。
 しばしの間、滴るような甘い時間が過ぎたその後。

「…喉、痛ぇ…」
 白い腕をシーツに投げ出し、まだ焦点の合わない濡れた黒瞳がぼんやりと彷徨う。
 蒸したタオルで体を清めつつ、レイヴンはやれやれと息を吐いた。
「無理に押し殺そうとするから〜。変に喉痛めると、また長引くわよ」
「クセなんだよ、悪かったな」
 けだるげにかすれた声が、聴覚を通じてぞくぞくとした淡い痺れを背筋に送り込んでくる。
「あー、…その声なんとかしないと、またその気になりそう」
「勘弁してくれ…」
「でも、今日のはそっちからの、でしょ?」
「…ここまでやれなんか言ってないっての」
 重い腕を上げて前髪をかきあげる何気ない仕草まで、つやめいた黒髪に淡く染まった肌が映えて、思わずその腕に手を伸ばしたくなる。
 常から無駄にフェロモンを放ちまくっていると思っているが、体を重ねた後はなお一層半端なく心臓に悪いくらいだ。
 ユーリは瞼を閉じると枕に深く沈み、倦怠感に眉を寄せた。
 喉への負担を抑えるためか、顎をややそらして細く息を吐く。
 誘うように晒された細い喉と、かすかに開いた唇が…………。
「………」
 レイヴンは目をそらし、大きく溜息する。
 ずっと見つめていたいのはやまやまだが、このままでは自分の身が持たない。色々と。
「はいよ、特製の蜂蜜水」
「ん、サンキュ…」
 常備のドリンクを手渡すと、レイヴンはまたさりげなくベッドから離れた。
 背中で起き上がる気配がする。
 白い喉を鳴らしてグラスの中身を飲み干すと、脱ぎ捨てられた服を拾い上着だけを羽織った。
 見なくてもわかる。いつものことだ。
 ユーリは、他の人間が居るところではいつも油断なく無駄のない身のこなしであるし、仲間たちといる時は、自由闊達にラフな動きをする。
 が、今だけは彼にとっても特別なのだろう。
 自覚はないのだろうが、甘えたような隙だらけの身体で近寄り、戯れに腕を取ると眉を寄せはするが決して抗わない。
 滑らかな内側を軽く舐め吸いあげると、小さく肩を震わせ、息を詰めて吐き出した。こういう時、ユーリは何かをごまかすように軽く突き放したような口の利き方をする。
「痕、付けんなっての」
「そこまでキツくしてないでしょ」
「前科ありすぎなんだよ」
「ていうか、その格好で歩くのやめない?」
「だるいんだよ、ほっとけ」
 いや、おっさんの理性が持たないんだけど。

 隣へ沈むように腰を下ろし、ちらとユーリがこちらを窺う。
「ところで、あんたは何も言わないんだな」
「へ?」
「さっきのフレンの話だよ」
「……何か、俺様が言うことあったっけ」
「いや…、いいならいいけど」
 ユーリは口の中で呟き、肩を竦める。
「あんたのことだからてっきり、オレのキス話題について反応するかと思ってた」
「あーー、それね。
 今更でしょ、お互いにさ」
「…まあな」
 出会う前も出会った後も。
 お互いに腹を括ってこういう関係になるまでの間、二人とも大人の男として過ごしてきたのだ。
 片や女好きの道化を貫き、片や女に不自由のない生活。
 それらは特に思いを寄せた相手でもなく、またユーリの初キスも子供の挨拶では、どこをどう嫉妬しろというのか。
「ホントに、いまさらだな」
「そういうこと。それに…」
「ん?」
 ユーリをつくづくと眺め、レイヴンがにんまりと笑った。
「好きなときに、好きな ところ へ、いくらでもキスできるとなれば、なにを気にすることがあるっていうか…。
 あれ?どしたの青年」
 剣呑に目を細めたユーリが、ふいと立ち上がった。やや離れたところへ立つと、指でレイヴンを呼びつける。
「え、何よ?」
 警戒もなく近寄ったレイヴンに――鮮やかな回し蹴りと追撃の蹴りを叩き込んだ。
「ぎゃーーー?!」
 こ、この技には見覚えが…。 
「ちょ…まさか、これ…」
「崩蹴月、だ!」
「やっぱり、これ…ジュディスちゃんの…?!
 なんで青年が!」
 腕を組み、男前に胸を張ったユーリがきっぱりと口を開く。
「この間、オレが牙狼撃教える代わりに教わった」
「やっぱりっていうか、青年やめて!
 その格好で蹴り技使うのやめて!おっさんの身が持たないから色々と!」
「まだ言いやがるか!」
「ちょ、せめてズボン穿いてからにしてーーー!!」