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   (コイバナの「暗転」部分です)




「オレが悪かった、だから機嫌直せよ」
 そこまで凹むと思っていなかったユーリが、レイヴンの顔を覗き込んでくる。
「あんたが、オレとの年の差、そんなに気にしてたなんて知らなかったんだよ」
「そりゃーね。14も違うんじゃ気にもなるってもんよ?」
 この微妙な心境をわかっているのかいないのか、若い恋人は至近距離で目を伏せ「ふうん」と呟く。
 その若さでは実感がないのだろうと諦めていると、意外なことを言い始めた。
「気にしてるのはオレの方かと思ってた」
「…なんで青年が気にすんのよ」
「デカい顔してあんたの隣に居座るには、まだまだ色々足んねぇだろ。ただでさえ、なんていうか…ハンデあるんだから」
 14年の経験はでけぇよ…。
 悔しげに呟くユーリが、どれだけ自分を評価しているのかと内心面映い。
 と同時に、自分のしてきた経験などユーリに味わわせたくないとも思う。
 もっと自由に生きて欲しいと思う気持ちと――このまま縛り付けておきたいと思う気持ちはいつも天秤の両端だ。

「んなこと言ってもね、おっさんの人生見習うところなんてないわよ?」
「あんたは、自分の評価が低いんだよ」
「おっさんは、ユーリに買ってもらえたらそれでいいわ」
「言ってろ」
「本気なんだけどね」
 レイヴンのぼやきに、
「…ったく」
 呆れた呟きを漏らしたユーリの唇が、ふと笑みを刻んだ。
 長く白い指先が、レイヴンの顎から頬をなぞって耳元まで上がる。

「ヒゲ、剃れよ」
「まあ、ぼちぼちとね」
「当たって痛ぇだろ…キスん時に」

 触れるか触れないかのくすぐったさにクツと喉を鳴らすと、顔の輪郭を辿っていた指が流れて、手のひらが包むように頬に添えられた。
 添えた手の動きに逆らわずユーリに顔を向けると、笑みを浮かべた唇を自分のそれに重ねてくる。
 誘うように薄い唇を舐める舌を舌先でつつくと、甘い吐息とともにするりと絡めてきた。
 互いの首に腰に腕を回し、唇を重ねきらずぬめる互いのそれだけを吸い輪郭を舐め、戯れるように浅く――濃く絡ませあう。

「はぁ……、ん…ふ…」

 ただのじゃれ合いのようでいて、限られた敏感な一点だけを互いに刺激しあうことも、あけすけに響く淫靡な水音も、どんな深い口付けより欲望に直結しているのだとユーリは知っているのだろうか。
 いずれにしても、際限なく濡れていく唇と朱に染まってゆく閉じた瞼とにじわり滲んでいく欲を見て取り、内心うっそりと笑んだレイヴンは絡む舌を吸い甘く歯を立てた。

「っふ…」

 舌を差し出したまま震えた体を抱き寄せ、唇を離す。
 透明な糸を切り、伝う唾液をゆっくり舐め取ると今度は深く、飽きることを知らないように幾度も角度を変えて貪りあった。
 絹糸のような黒髪を指に絡め、肌に当てた指先を柔く揉むように擦れば肩が小さく跳ねる。

「ふぁ……んん…ぁ、ん…っ」

 ふと体を押され、ぐいと深く吸われた。あまりに「押しすぎる」と逆襲に出ようとするのはいつものユーリで、目を細めたレイヴンはしばらく恋人の望むまま貪られるに任せた。
 音が立つほど深く口内を犯し合い息をつくタイミングで腰をさらに引き寄せると、わずか離れたユーリにすばやく唇を噛まれた。

「……つっ」
「は…ぁ、やられっぱなし、は性に合わねぇ、からな」
「ん…いつになく、積極的?」
「ぬかせ」
 荒い息を漏らすその間も互いの手は休むことなく、ボタンをはずし鎖骨を辿り…帯を緩め上着を肩から落としあう。
 合間に唇を重ね、ついでのようにうなじ、頤、背筋と指でなぞり胸の中央を掠め擦り、互いの衝動を高めることに余念がない。
「………っ?!」
 あらわになった肌へレイヴンが首を伸ばすより早く、首筋に軽く歯を立ててきたユーリにレイヴンは目を丸くした。
「っん、ホント、どしたの」
「ぁ…さっき、言い過ぎたからな」
「ふうん? じゃあ……、ユーリ?」
「な……、ぁっ」

 低い声で、あからさまに欲を込めて名を呼ぶ。
 肌が染まり動きが止まった隙に、自分に乗り上げかけていたユーリの膝にすばやく手を差し入れ、腰を支えて抱き上げた。
「っ、おい?!」
「場所移動して、ゆっくりとどうぞ?」
「…泣き見ても知らねぇぞ」
「そりゃ、楽しみだ」
 濡れた瞳で強気なことを言う恋人に、レイヴンは喉を鳴らして嬉しそうに笑い、目の前の淡く染まった耳朶を小さく食んだ。



  ****



「ん、…んむぅ……、はぁ…」
 既に十分と思えるほどの熱を持ったレイヴン自身に、ユーリが唇を触れ咥え込みゆっくりと指で辿り舌で舐めあげていく。
 ランプに照らされながら紅く濡れた唇が自分の欲を一心に嬲る様も、そうしながらユーリ自身の欲が高まっていく様も、見ているだけで理性をふっ飛ばしそうになるほど扇情的だ。
 髪をかきあげる指も伏せがちの目元も色づき、乱れた黒髪が汗で張り付いた肌に手を伸ばして好きなだけ跡を残したくなるのをレイヴンはぐっとこらえる。
 さんざんに吸い擦られて熟れた唇が脈打つ恋人の熱が掠めるそれだけで刺激を覚えるのか、男の欲望が出入りするその度にユーリのくぐもった吐息が零れていた。

「ぁふ…んん、……ぁ」
 ぴちゃりと濡れた音がする都度、細い腰が震えるのを表情を殺したレイヴンが目を細めて眺める。先に慣らした身体は辛かろうに。
「ユーリ…」
 低くかすれた声で名を呼べば、大きく息を吐いてユーリが顔を上げた。
「な、ん、だよ…」
「もういいから…、ユーリが欲しい」
「……っ!」

 ユーリの両腕を掴み、自分を跨ぐ状態で体の上に引き上げると耳元で熱っぽく直截的にささやく。それだけで跳ねた身体を意地で支え、ユーリは挑戦的に唇を吊り上げてみせた。

「もうちょい、してやろうと、思ったのに…」
「それは、また別の時にとっておくわ。だから…」

 全ては言わず、妖艶にぬめったユーリの唇を塞いだ。
 すんなりとした腰を抱きこみユーリ自身に手を伸ばして柔く扱くと、唇を重ねたままでくぐもった吐息が漏れ甘えたように鼻を鳴らす。
「ふ、んん…っんぁ…、はぁ……ぁ」
 唇を離すと悔しそうに睨むのがまた可愛い、なんて言ったらあらぬところにギリギリ歯を立てられそうだ。

「頂戴?」

 本当はそんな余裕もないのにやせ我慢してにこりと笑うと、泣かせてやる、と低く唸りながら目を閉じたユーリが自分でゆっくり腰を下ろしてきた。
 ユーリの手で十分に準備の出来た欲が、篭った水音と共に少しずつ奥へ奥へと沈んでいくのを、辛そうに眉を寄せたユーリが細く息を吐きつつ全身で受け入れていく。

「………っく、…は…ぁ」

 ユーリが膝と腕で支える身体にレイヴンも手を添えてそれを助ける。
 腰の動きでじわじわと飲まれて行きながら、ユーリの内壁が蠢いて誘う感覚に酔う。それだけで焼き切れそうな理性をかろうじて維持し、レイヴンはその時を待った。
 腰を落としきったユーリの呼吸が落ち着くのを待ちかねて、レイヴンが動き始める。

「っあ、…ぁくっ、う…っ!」
「ユーリ…」

 突き上げながら手を伸ばして胸の中央を執拗に愛撫すると、白い膝が小刻みに跳ねて、くくぅ、とユーリの喉が不自然に鳴る。
「声、出さないと、また喉痛める、でしょ」
「ほっと…け、っあ、ぅ…くっ」
 ユーリは俯きがちに目を閉じ、何かを堪える顔で唇を噛む。
 濡れた唇が一層鮮やかに血の気を浮かばせるのを指で撫でてやりつつ、呼吸の合間を見計らって舌に触れるくらい奥へと差込み、タイミングを合わせてまた強く突き上げた。

「ふぁっ、ああっ!やめ…!」
「その声が、聞きたいのにね」
 眉を寄せ苦笑を滲ませると、レイヴンはユーリの腰を抱き寄せる動きと腹筋とだけで上半身を起こした。
 その拍子に奥深くで角度を変えた熱に、ユーリの身体が跳ねる。
「ぅああっ!あ…」
 指を抜き開いた唇の端から伝う唾液を舐めとると、そのまま震える唇に自分のそれを重ねた。

「ん、ふ……っ」
「…………ユーリ」
「ん……」

 宥めるように舌を吸うと音を立てて離れ、小さく名前を呼ぶ。
 ユーリは薄く目を開き妖艶な笑みを浮かべると、濡れた唇を舐め、仰け反る背を支えるように腕を突っ張って腰を回した。
「う……っ」
「ふ、ん…やられ、っぱなしで、たまるか……、ぁは…ぁ」
 いつの間に覚えたのか、レイヴンの熱を飲んだままで腰を揺らしたユーリの内壁が、断続的に蠢いて強烈な快感をレイヴン自身に送り込んでくる。

「ちょっ、…やばっ」
「ざま……、っああ!」
 切羽詰ったレイヴンの声に、ざまぁみろと言いかけたユーリが悲鳴に似た嬌声を上げた。
「もうおっさん、余裕ないからね、覚悟してよ」
「あぁ、くっ、ぅあ!」
 レイヴンのピッチが早まり、容赦なくユーリの最奥を突き上げ一番弱い箇所を休む間もなく攻めていく。と同時に、自身に絡んだ指にも追い上げられユーリは一気に限界へと追い込まれる。
 ほとんど理性を飛ばしたユーリ自身も腰を揺らして無意識に快感を追う。
 そんな状況でも声を殺そうとするユーリに意識の隅で苦笑しつつ、細い腰を抱えたレイヴンは最後の突き上げをユーリに送り込んだ。
「………ぁう!!」
「くぅ……っ」
 ひときわ高く息を呑んで背を強張らせたユーリが白い熱を放って達する。それとほぼ同時に起こったきつい締め付けに、レイヴンも低い唸りと共にユーリの中へと欲望を放った――。



  ****



 レイヴンはくずおれかけた白い身体を抱きとめ、繋がったままの恋人を抱えなおした。
 右肩に頭を預けるようにして荒い呼吸を繰り返すユーリの髪を指で梳き、宥めるように背を撫でる。
 いくらか大きく息をつくと、ぼんやり目を上げたユーリがゆっくり手を持ち上げた。
「どしたの?」
「……動いてんな」
 目を細めて薄く笑みを浮かべたユーリは、淡い光とともに稼動するレイヴンの心臓魔導器をそっと撫でた。
 それはまるで、壊れ物に触れるような指の動きで。
「…最近、魔導器のくせに神経通ってんじゃないかって、思えたりすんのよね」
「ん?」
「痛くなったり、熱くなったり、妙に早く動いたりね」
「理由なんかはっきりしてる。あんたの心臓だからだろ?」
「……そう、ね」
 当たり前のように言い切られた響きに息を詰め目を丸くすると、くすくす笑いだしたレイヴンの横顔を、至近距離で見つめてユーリが溜息をひとつ吐く。
「オレが追いつくまで、いや、追いついてもくたばんなよ。おっさん」
「はいはい、せいぜい頑張りますよ」
 幸せそうに目を細め、レイヴンはユーリの頬を撫でた。
「でね、青年」
「………」
「頑張るって言ったら、こっちももうちょっと頑張りたいんだけど」
「は、あ……、やっぱり……」
 ユーリは目を閉じ、熱を帯びた息を零す。
 繋がったままのそれが硬度を保ったままであることに苦笑して、ユーリはレイヴンの顎を捉え唇を重ねる。

「……今度こそ、負けねぇ」
「ねぇ…なんで勝負みたいになってんの?」
「うっせぇ」
 濡れた唇で不敵な笑みを刻み、ユーリはレイヴンの耳朶に歯を立て輪郭に舌を這わせ始める。
 …まぁ、経験・技術フルに駆使してでも、負けるつもりはないけどねえ?
 ユーリの好きにさせつつ口の中だけでそう呟くと、レイヴンは再び恋人の欲望を煽るためにゆっくりと手を伸ばした――。