最近の自分はどこかおかしい。
ユーリは、ふとそんなことを考える。
具体的にどこがと問われると困るのだが、なんとなくおかしいと思っている。
それは例えば、妙にイライラして些細なことで声を荒げてしまった一昨日だとか。
感情を隠さなくなったのは良い傾向だとジュディスに言われたのは、エステルを助けに帝都へ向かっている時だったが、それにしても八つ当たり的な行動など自分らしくもない。フレンが相手というわけでもないのに。
この妙なモヤモヤはいつからだろうと、引き金を考えて眉を寄せた。
時期的に変わったことがあったと言えば……。
少しの期間続いていた、寝物語ならぬレイヴンの読み聞かせが終わった後?
「まさか」
自分の発想に、そんなバカなと苦笑して――その横顔がふと困惑に変わる。
寝る前に何か物足りなく思っているのはなぜだろう、と。予想以上に長く続いて、習慣付いてしまったからか?
…そういえば、一昨日のこともそう。
レイヴンのつまみ食い未遂などいつものことだ。それに、なぜあんなにトゲのある対応をしてしまったのか。
相手がレイヴンであったから多少驚きつつも大人の対応で軽く受け流してくれたのだが、それに対しても妙にイラついた覚えがある。
「なーんか、おっさん絡みが多いか?」
気付いたら気付いたで、他にも思い当たることがある。
突っ込みにも手加減できていない気がするし、生贄的につい会話のオチにしてしまったりも多い。
かと思うと、子供じみたものではなくもっとスマートな反応は出来なかっただろうか、と後で自己嫌悪に陥ったりするようなことを仕出かしたり……今のように。
他の仲間達にも万事あんな対応をしているかと考え込んで――出た答えは『否』だった。
多少はあるだろうが、レイヴンに対するように「ことごとく」というわけではない。いや、レイヴンにも常時そうだというわけではないが。
「やっぱり、おっさんにだけ、じゃねぇか」
うーむと唸り、腕を組んでわけもなく空を見上げる。
そういえば、レイヴンも最近おかしい気がする。
おかしいといえば先だってのノードポリカでの一件だが、
「ホントに自分でも理由がわからないんだわ。強いて言えば『出来心』っていう以外ないわね」
首を捻りつつそんな風に言っていたのは本気だったようだから、本当に出来心なのだろう。
だが、妙にぼんやりと考え込んでいることが増えたように思う。
本人は隠しているつもり、あるいは気付いていないようだから今のところ何も言わずにいるが、悩みが心臓魔導器のことであれば放置もできない。
なのだが、それについては随分前リタに相談するといっていたので……最近の悩みの原因はそのことではないようだ。
オレの悩みが増えちまうじゃねぇか、とぼやき、ユーリはまた顔をしかめた。
ますます、モヤモヤが重くなった気がする。
「考えるだけ考えても、やっぱりわかんねぇ。なんなんだかなぁ…」
なんなんだろう、この曖昧な気持ちは。
ユーリは大きく息を吸い、肺を空っぽにする勢いで吐くと首を振った。
仕方がない。
別に、今どうしても突き詰めなくてはならない問題でもなし…。
「どうしても出さなきゃならない答えなら、嫌でも壁にぶち当たるだろうよ」
ひとつ頷いて、現段階での追求を諦めることにする。
他に考えなければならない重要事はいくらもあるのだ。
さて。
考えるのをやめるのなら、ここはひとつ、溜まったモヤモヤを吹き飛ばすべく身体を動かすことにしよう。
気が滅入っている時はそれに限る。
手近な魔物を退治して、それでももし足りなかったら…?
「よし、元凶も付き合わせるか」
自分の思いつきににんまり笑うと、次の宿営地はどこにするか仲間たちと相談することにした。
できるなら、思い切り暴れられる場所であることを願うことにしよう――。
****
星喰みに対抗するために急ぎの旅ではあるとはいえ、毎日24時間強行軍では、バウルも人間も疲労するというもの。
情報収集ついでに立ち寄った街で休息をとり、あるいは、あえてキャンプを張り自然とふれあい、ついでに付近の魔物を蹴散らして、何も考えずストレス解消を図る。
これは、年長組の提案によるものだったが、気の急いていた一部の面々も、今では緩急をつけたこのペースに慣れてきているようだ。
それは、森の近くで一日の休息を決め込んだ日のこと。
テント近くで荷物整理をしていたジュディスが、ふと顔を上げた。
「まあ、もう終わり?」
「このあたりには、たいした魔物は出ないのかもな」
そろそろ日が傾き始める頃、つい先ほどまで、至近距離で遭遇した魔物とたわむれていたユーリがラピードを連れて戻ってきていた。
物足りなさそうな顔でため息をつく。
たいした魔物もなにも、ユーリの手で10コンボを決められて生きていられる魔物も、そうはいないのではなかろうか。
そういったことは、思っても言わないのがジュディスである。
「それは残念ね」
細い首をかしげて同調した。
…訂正しよう。
ユーリと同属で同意見であれば、何も言わないのももっともだ。
くつろいだラピードとは別に、テントへ入ったユーリがすぐに出てくる。
「今日の晩飯までは、リタとエステルが当番だっけか」
「ええ」
「どのくらい時間かかりそうなんだ?」
「そうね。
ついさっき取り掛かったばかりだから、まだまだ時間はあると思うわよ?」
「そっか、サンキュ」
ジュディスと話しながら周囲を見回していたユーリだが、どうやら目標を発見したらしい。
「おっさん」
「んあ?」
木立にもたれ、居眠りを決め込んでいたレイヴンは、落ちてきた影にふと顔を上げた。
「おっさん、常日頃エステルたちに『胸に飛び込んでおいで〜』とか言ってるよな」
「え、なになに。
青年も俺様の胸に飛び込みたくなった?」
「…ま、似たようなもんか」
軽い冗談への予想外の反応に、へっと目を丸くする。
が、何気なく青年の手元に目を落として顔が引きつった。
「ちっとその胸、借りるわ」
「おっさんのデリケートなハート、手荒に扱っちゃだめよん?」
「壊れるかどうかはおっさん次第、ってな」
「ち、ちょっとちょっとー?!」
肩をすくめたユーリは、逃げようとしたレイヴンの襟元を引っつかんで無理やり森の奥へと歩き出した。
「あら、どこへ?」
「おっさんとデート。
メシ時までには帰ってくるけど、もし待ちきれなかったら先に食っといてくれていいから」
「伝えておくわ。おじ様、今度は私ともデートしてね」
ふふっと笑って手を振るジュディスに、レイヴンはぐえっと悲鳴を上げながら森の奥へと強制的に消えていった。
「あああ、街中のデートならおっさん大歓迎なのに…」
「よかったな。ジュディにもじっくり付き合ってもらえよー」
「ダングレストなら、かなりの通よ?って、青年ちょっとなんで剣二本持ってんのよ」
「はっはっはー」
「ああ…嫌な予感がするわぁぁ…」
森を奥に進むと、開けた空間があった。
端にボロボロになった切り株があるところを見ると、周囲をなぎ倒した大木が倒れ朽ちてできたものだろう。
そこまで来るとユーリはようやく足を止めた。
「ほらよっと」
振り返り、レイヴンに鞘ごと一振りを投げる。至近距離で投げられたものを反射的に受け取るも、レイヴンは情けなさそうに顔をしかめた。
「そんな嫌そうな顔すんなっての」
「だって、剣持ったら息切れしちゃうー、って前にも言ったでしょ。
おっさん重いもの振りまわせなーーい」
ユーリの明確な意図に、レイヴンはまだ渋る。身をよじり駄々をこねる早期中年に頭痛を覚えつつ、
「ここまで来て往生際が悪いおっさんだな」
ユーリは肩に剣を乗せ、切り札をちらつかせた。
「…明日からオレ、メシの当番なんだよな。一週間」
「へ?」
あさっての方角を眺めながらの、唐突な発言にレイヴンは目をしばたかせる。
「まず、朝にクレープだろ。
昼にはシャーベットつけて、午後のお茶にはミルクティーにケーキっと」
「うっ…!!」
「晩飯には、プリンとパフェどっちつけるかな…。
……ていうか、オレとしてはイイなそれ」
ただの揺さぶりのつもりで口にしたプランに、ユーリが本気で悩み始める。
実現すれば、青ざめていくレイヴンにとっては悪夢の一週間になりそうだ。
「あーもう! わかったわかりました!!
相手すりゃいいんでしょ!
まったくもう、青年は本っ当に容赦ないんだから…」
羽織を脱いでぶつぶつ一人ごちながら、レイヴンは諦めの溜息と共に鞘から剣を抜き放つ。
ユーリはしてやったりと微笑んで、
「それじゃ、さっそく始めるとするか」
言うと同時に鞘を飛ばし、鋭い踏み込みで仕掛ける。
なるべくグータラ逃げようとしたレイヴンだったが、さすがにそうも行かない様子だ。
「っていうか、ちょっと青年。おっさんを本気で斬っちゃうつもり?!」
「そのくらいじゃねぇと、おっさんも本気にならねぇだろ」
「本気でも無理無理!」
「んなわけねぇ、っての!」
二合三合と打ち合い、立ち位置を変えまた剣を振るう。
何も考えず相手の気配を感じ、半ば反射にしたがって剣筋を読み、受け払い突き、そして薙ぐ。
剣を交えるうちに、ユーリの中にたまったモヤモヤが少しずつ消えていくのがわかる。
心臓魔導器のことがあるからあまり無理はさせられないが、それでも驕りではなくなまじの剣士では相手にならない自分の打ち込みをまともに受けられるというのは、やはりさすがだと思った。
というか、最近秘奥義を発動できるだけの敵に会えた記憶がない。ギガントモンスターはあと何体残っているだろう。
全力でとは行かないまでもこんな風にまともに打ち合えると、それだけでなんだか嬉しくなってくる。
…いや、まさかレイヴン相手に天狼滅牙もなかろうが。
ユーリの斬り払いをガードしつつ、レイヴンは得意のロングステップで飛び退る。
左で構えた久々の長剣に、呼吸と間合いを確認しながら、レイヴンはゆっくり青年の右手側へと回り始めた。
それでも愚痴は休まない。
「ユーリ君、おっさんギブ、ロープ!」
「まだ始めたばかりじゃねぇか」
「もう無理だって。シュヴァーンってやつは、神殿であの時の青年たちにズタボロだったでしょ〜〜。
なら、ただのおっさんは余計太刀打ちできないってば」
「あの時は、あの面子にシュヴァーンの野郎一人で受けたくせに、こっちはギリッギリだったんだぜ?
それに、あんたがその気になりゃいけるっての、散々見てきたつもりなんだけどな?」
対するユーリも隙をうかがいつつ、レイヴンの動きにあわせて足を踏み変える。
「おっさん小手先で戦ってるだけよぉ?
買いかぶり過ぎでしょー」
「つか、愚痴で誤魔化して逃げられるとは思うなよおっさん。
今日のオレは、マジやる気だから」
「えっ、殺る気?」
「あ、それでもいいぜ」
「うそん?!」
二連続の蒼破刃をステップでかわし、後を追うように突っ込んできたユーリの突きを払うレイヴン。
体勢を崩す目的の鋭い払いに踏み留まり、ユーリは休まず攻撃を続ける。
「ちっ!」
「っとお!!」
レイヴンはとっさに仰け反り、同時に円閃牙の軸になる手首を狙った。
僅かに軸がぶれ、完全に発動しきらないと見るとユーリは即次の攻撃へと移ってくる。
その判断の早さときたら。
「まだだぜ!」
「なんの!」
ユーリの烈砕衝破が地面に突き立つ寸前、レイヴンからの低い斬り払いが技を阻止する。
「はっ…!」
レイヴンからの紫苑の鼬二撃目を受けるより早く、ユーリはとんぼを切って間合いを取り直した。
この俊敏さはやっぱり若人だねぇ、とレイヴンが羨望まじりで漏らす。
「やっぱり、衰えてねぇじゃねぇかよ」
「いやー、いやいやいや。おっさんもうヘトヘト〜〜〜」
「おっさんは強い子、やれば出来るっ」
「おっさん、ダメな子よ?!」
「気のせい気のせい」
むしろ、先日の闘技場のように、弓と短剣の併用で縦横無尽に駆ける姿はダメな子とは程遠いと思うのだが。
つまり三種の武器、プラス「隠し玉」…関節技を使いこなせるというわけで…そう考えていたら、妙に腹が立ってきた。
何がダメな子だ、この年寄りぶりっ子。
そんな腹立ちと共に三度剣を握りなおして、ユーリが間合いを詰めようとしたときだった。
「――つ、うっ?!」
突然、踏み込んだ足に鋭い痛みが走った。
ユーリが驚愕の声と同時に膝から落ちるのを目の当たりにして、レイヴンの顔色が変わる。
「ちょっと?!」
「っくしょ…まさかの地中かよ…」
地に突き立てた剣を支えに立ち上がろうとするものの、柄を握る手はガクガクと震え、上半身は意志と真逆にずるずる落ちようとしている。
地中に潜んで、麻痺毒で獲物を狩るタイプの魔物か。
土煙と共に飛び出し頭上から襲い掛かろうとする魔物を、ギリッとにらみつけ無理にでも立ち上がろうとしたユーリは、背後で膨れ上がった剣気に軽く息を呑んだ。
「はっ……!!」
それは――神殿で見た騎士団隊長主席を思い起こさせる姿だった。
烈風の踏み込みから斜め上方に薙ぎ、魔物の上半身がのけぞったところで、立て続けに斬撃を叩き込む。
舞うように華麗な動きだが、その一撃一撃がどれほどの重みと威力を持っていたか…本気で渡り合ったユーリは身をもって知っていた。
そして…
「これで、どうよ!!」
魔物を半ば突き放すように吹き飛ばし、ダウンした敵を油断なく見据える。
よろめくように起き上がった魔物だったが、まもなく、時練爆鐘の衝撃で内側から爆砕して果てた――。
ユーリが深く息を吐く。
安堵とも感嘆ともつかない溜息のさなか、安心して脱力した隣へ、剣を鞘に収めたレイヴンがくたくたと座り込んだ。
「…あああ…疲れたわ…」
「悪ぃ、助かった」
「いいええ、どういたしましてえ」
大きく肩で息をつきつつ、自分の懐を探っていたレイヴンが、ユーリの前に小さいボトルを差し出す。
「大〜将、はいこれ」
「ん?
…パナシーアボトルって、用意がいいな」
「それ、二日酔いにめっちゃ効くのよね〜」
「そんな理由で常備してんのかよ」
サンキュと呟いてしびれる両手で受け取ると、緩んだふたを歯で開け中身を飲み下す。
渋さに顔をしかめるも、急速に痺れが解消されていくのがわかる。
「理由は何であれ、備えあれば憂いなしってとこね。これ、貸しにしていい?」
「きっつい取立ては勘弁な。あと…かっこよかったぜ?」
「もっと別のところで、俺様の魅力を堪能して欲しかったねぇ」
「あれ見たら、リタもちょっとは見直すんじゃねえ?あんたのこと」
「ちょっとって、…おっさんどんだけ印象悪いのよ」
「いつまで経っても、ある種の胡散臭さがぬぐえないからなぁ、おっさんは」
笑って肩をすくめる。
夕暮れの空気は涼やかで、ユーリは額ににじんだ汗を袖でぬぐって目を細めた。
「…衰えなんざ欠片もないっつーのに、さっきのオレとやってる時のあれはなんだったんだよ。もうちょい、そっちからの仕掛けがあってもよかったんじゃねえの?」
「ええーー、青年の猛攻に必死だったのよ?あれ」
「言ってろ」
「そもそもねぇ、一応長剣もそこそこ使えるっても、俺様本来は弓専門よ?
成長著しい青年の相手なんか無理なのよねー」
だから重いもの振り回せないって言ったのに、とぶつぶつ垂れ続ける文句らしきものを、ユーリは指の痺れを確認しつつ軽く受け流して…レイヴンを見つめた。
「急に相手させて悪かったな」
「んー、まあ別に良いけどね。でもどしたのよ」
「なんかこう…最近モヤっとすることが多くてな。特におっさん絡みで。
それで、そのモヤモヤを飛ばしちまおうと思って……」
珍しく歯切れの悪いユーリの発言に瞬いて、レイヴンはニイと笑う。
「えー、なになに。
それっておっさんに惚れちゃったってこと?」
「………?!」
レイヴンの言葉に、ユーリがあからさまにギョッとし――同時にレイヴンもぎょっとした。
互いに唖然として、瞬間言葉にならない。
「え…、ちょっ、ちょっとなにその反応?!
おっさん、どうとればいいのそれ!」
「え…あーー、いや…オレも自分でびびった。なんなんだよこれ」
「…あの、訊いてるのおっさんのはず、よね?」
「だよな」
真面目に頷いて、ユーリは腕を組んだ。
「…あー、多分…。
唐突過ぎてビックリしたんだろう」
「おっさん、いつもの調子で喋っただけなんだけど?」
「ジュディたち相手のいつもの調子、だろ?
内容がオレに対して言うことじゃねーよ、うん」
「そ、そうね? うん、そうよね、あははは…」
「ははは…」
互いに曖昧に笑いあい、同じタイミングで目をそらす。
ユーリは眉をひそめ、無意識で襟元を緩める動作を繰り返す。常時開きっぱなしで緩める余地すら残っていない襟元のどこを緩めているのかは不明だ。
レイヴンはかいてもいない冷や汗をぬぐい、胸を押さえた。最近、心臓に悪いことが多すぎる。
たださえ不安抱えた心臓をいたわって欲しいわ、ああでもさっきのが本当なら…ってうわ俺様今何考えた?などと、思考の不思議展開っぷりに自分で頭を抱えている。
ユーリの当初予定としてのモヤモヤ吹き飛ばしは達成できた…はずなのだが、新たに何かが発生した気もしなくはない。
ひとまず、レイヴンの本気を見ることが出来たのはよしとしよう。
あとのことは、また後日ということで。
これ以上考えていたら――違う何かが芽を吹きそうだ。
「さて、と…そろそろ帰るか。
でないと、せっかく作ったのになにしてたんだって、リタがうるせぇぞ」
「言いそうだねぇリタっち。
大将、もう立てそう?」
「若いから回復早くてな、どこかのおっさんと違って」
「って、過激なデートに引っ張り出したのは青年でしょ〜」
「おかげさんで。楽しかったぜ?滅多に見られないものも見られたしな」
「もー、年寄りをあんまりいじめないでよ〜」
レイヴンは肩を落として、全身でげんなりと脱力する。
「ジュディも楽しみにしてたからなぁ。おっさんモテモテだな」
「ジュディスちゃんとなら、普通〜のデートがいいわねえ…」
「闘技場デートとかも、すっげぇ喜びそうだけどな?」
「…勘弁してちょーだい、ほんっとに」
そして、翌朝出立前。
「あの、レイヴン大丈夫です?
治癒術…で回復できます?」
「あ〜〜〜〜…、ちょと、術じゃ、無理かも……」
なんとか這い上がった甲板の上で転がるレイヴンと傍に座り気遣うエステルを遠目に、ユーリは舳先のジュディスに溜息する。
「今朝はご機嫌だな。…で?」
「あら、私だけデートしちゃいけないっていうことはないでしょう?」
すこぶるご機嫌なクリティア美女に、先に似たようなことをレイヴンにやってのけたユーリは強く出られない。
「まあ…あんまりすり減らされんのもどうかと思うけどな?」
「ふふ。ユーリの次は私の当番よね。減った分は、愛情料理でちゃんと回復しておくわ」
「あ、そう…」
微笑んでバウルとの会話に入ったジュディスから離れ、ユーリがぼやいた。
「……それ、オレもやろうと思ってたんだよな…」
ジュディスとの「デート」に引っ張り出されて失神寸前のレイヴンは、その後しばらく好物が食卓に並ぶたびになんとも言えない顔で皿をじっと見つめていたという。
「ねえこれ、おっさんまたデートなの?予定入りまーすってこと?」
「勘繰りすぎだろ」
「勘繰っちゃっても仕方ない状況だったと思わない?」
「……おーい、ジュディおっさんが――」
「ちょ、待って青年待ってお願いだから…!!」