あれだけ勢い良く飲み干していたユーリも、相当酔いが回っているのだろう。
 目元が酒精で淡く染まって、少々眠たげにゆっくり瞬きを繰り返していた。
 つい、染まった目元をぺろっと舐めると、くすぐったそうに小さく身を捩る。
「やめろって…」
「やめない」
「この、よっぱらいがー」
「そりゃ、お互いさまでしょー」
 互いにそろそろ呂律が回っていない。よくもまあ、あれだけ深刻な話を真っ当に続けられたものだ。
 ふざけてユーリの身体を押すと、あれっと思う間もなくシーツの上へ二人して倒れ込んでしまう。
「おっさんのばーかばーか」
「はいはい」
「エロへんたい」
「えー、それは身におぼえないってばー」
「ウソつけ。ノードポリカのあれはなんだよ、エロオヤジ」
「だから、あれは出来心だって…ああもう、へんたいってのはね…!」

 この時、何も疑問に思わなかった自分がおかしいと――後に独りで頭を抱えた。

 ひと動作でユーリの両手足を封じ、きょとんと見上げるユーリの唇を塞ぐ。
「…? ……っ!」
 強かに酔ったユーリの思考が、ワンテンポずれて状況を把握したらしい。
 理由などわからなくてもいいのだ、レイヴンにもわかっていないのだから。
 とにかく自分が押し倒されている…ようだ、ということだけ理解して遅まきながらに抵抗を試みる。
 が、女性限定博愛主義者レイヴンの踏んだ場数は戦場ばかりではない。色事の経験は、ユーリの遠く及ぶところではなかった。
 完全に先手必勝の体勢に持ち込んだ今、ユーリの抵抗などレイヴンの物の数ではない。
 幾度も角度を変えて唇を重ね、舌を絡め深く貪られ、しなやかな四肢から見る間に力が抜けていく。

「…ふ、っぁあ…やめ…っ」
 ユーリが酸素を求めて首を振ると、薄く色付いた白い喉元が無防備に晒される。
 くちづけの間に肌蹴た上着を更に押し開き、無駄なく締まった脇腹をゆるりと撫で上げると、ユーリの顎が仰け反った。
「あ…あ、…な、ん…」
 乱れた呼吸と酔いと眠気に掠れた声が、むやみに劣情を誘う。素面ならそろそろ手痛い反撃をくらっているだろうと、思考の隅で他人事のように考えながら、酔いで判断力などないに等しいレイヴンの手は止まらない。
 酒精で染まった首筋から鎖骨を弄るように唇で辿り、滑らかな肩に軽く歯を立てた。
「……っ?!」
 小さく跳ねた身体を抑えるレイヴンの唇は、その間もするする滑るように胸元へ降りて――。




 …ガ、チャ――





「――――?!!!」
 唐突な扉の音に、心臓魔導器が止まるかと思った。
 一気に現実に引き戻され、今の状況を正真正銘理解したレイヴンの動きが完全に凍る。

 ユーリを押し倒し、ユーリの服を剥ぎ(かけ)、あまつさえ手足を押さえ込み肌に唇を寄せ……以下略。

 誰がどうみても、ユーリを襲っているところです。
 何の言い訳も出来ない状況に、自分の命も今日までかと…ユーリに色々誓ったばかりだというのに、レイヴンは妙に悲壮な覚悟を決めていた。
 飛んでくるのは、ネガティブゲイトかホーリーランスか、はたまたデッキブラシでこの世から一掃されてしまうのか。
(こうなるなら、いっそ最後まで終わってからが良かった……!)
 覚悟を決めているはずなのに、至って不埒、なおかつ図太いことを考えて……何事も起きないことを疑問に感じたレイヴンは、恐る恐る扉へと視線を向けた。




「……………、ええと、カロル、君?」
「………ぐぅ…」




 視線の先に居たのは、開いた扉のノブを握って立ったままお休みなさっている凛々の明星の小さい首領。
「……じ、…寿命が、縮んだかと思ったじゃないの…」
 がっくり脱力し小声で呟くと、よろける足取りで少年の元へと向かう。
「こら少年。こんなところで寝ないのよ」
「………あれ、レイ…ヴン…?」
「はいはい、おっさんですよー」
 投げやり気味に乾いた笑いを浮かべ、カロルの向きをくるっと自室のほうへ向ける。
 そのまま背を押し、扉の前へとご案内申し上げた。
 部屋の中にはジュディスがいるはずなので、扉を開ける――勇気はない。妙に鋭い彼女の前に、今の自分を晒す気はさらさらなかった。
 拾った命はやっぱり惜しい。
「ん…ありがと…むにゃ」
 扉に手をかけるところまで見届け、レイヴンは早々に自室へと逃げ込む。
 ユーリの様子を窺いにベッドへ戻ると、我らが頼もしいリーダーは完全に寝落ちてらした。
 レイヴンに上着を肌蹴られた状態のままで。
 その姿が、自分のしていたことが夢ではないのだと現実を突きつけてくる。
 こわごわ上着の合わせを戻し布団をユーリの肩まで引き上げたレイヴンは、自分のベッドへとよろけるように腰を落とした。

 酔いなどすっかり覚めている。
 思考力を取り戻した脳でぐるぐると考え、どんなルートを経由してでも到達してしまう結論を反芻して――レイヴンは静かに青ざめた。
「まさか、俺、…本気かよ…」
 おいおい…嘘だろ。
 呆然と呟くも、まぎれもない事実がそこにある。

 自分はユーリに本気で惚れ込んでいる。
 それも、情欲の対象として。

 来るには早い二日酔いのようにガンガン痛む頭を抱え、レイヴンはこの後独りで悶々と悩む夜を過ごすのだった。
 そして――翌朝、ユーリの記憶を確かめたレイヴンは、最後に押し倒された事実を覚えていなかったことに心底安堵しながら、いつもと変わらぬ振る舞いで仲間達と過ごすことになる。




 ユーリからの『敵前逃亡』という決断を、胸の奥深くにしまい込んだままで――。