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 ふわりと柔らかな金色の髪を揺らし、キラキラと翼に光を纏って、一人の天使が姿を現す。
 人間で言えば10代後半ぐらいだろうか。青い空色の瞳は自信に満ち溢れ、その顔を彩る明るい微笑みは、若さというよりは幼さが垣間見える。
 フィリタス。権天使(プリンシパリティ)と呼ばれる下級一位に属する天使である。
 彼は今まさに、地上での役目を終えて天界に戻ってきたところだった。
 上司への挨拶もそこそこに、真っ白な翼を広げて、色とりどりの花が咲き乱れる春の丘を低空飛行で一気に駆け抜ける。翼から生まれる風に、花が揺れて甘い香が立つ。
 フィリタスはキョロキョロと視線を彷徨わせながら丘を飛び越え、夏の森の手前の木陰に目的の天使が座り込んでいるのを見つけた。
 落ち着いた色合いの金の髪を風に遊ばせ、古い革張りの本に視線を落としている。白い翼は折りたまれ、背と幹の間に無造作に挟まれていた。そして、その傍らには、新旧様々な装丁の本が山と詰まれ、今にも崩れそうになっている。
「まぁた本を読んでるの?」
 フィリタスは、木陰の天使の正面に降り立つと、呆れた声を上げた。
 本に齧りついていた天使はその声でようやく顔を挙げ、見慣れた顔を認識すると、ふっとその視線を和らげた。澄んだ空色の瞳が何処となく嬉しそうで、交わすフィリタスの顔も思わず笑顔になる。
「おかえり、フィリ」
「やっと終わったよ。50年きっちりかかっちゃった!」
 権天使の役目は、主に国や都市、それを統治する指導者の監視と擁護である。
 人の魂は悪魔の餌だ。時に悪魔は、力有る指導者を誑かしたり、国そのものに疫病を流行らせ魂を得ようとする。そうした動きをいち早く察知し阻止するために、彼らは地上へと降りるのだ。
 しかし、長い間地上にとどまると、天使さえも悪魔や人間に誑かされ、堕天する危険がある。
 そのため、役目は指導者が変わるまでか、長くても50年を区切りとされ、役目を終えた天使は天界に戻ってくる。そして天界でその心身を清めながら、次の役目まで待機することになる。
 フィリタスは今回、その区切りの50年という期限一杯まで役目に従事していたのだ。随分と長生きな指導者だったと言えよう。
「ティオは早かったんだね」
「あぁ、30年持たなかったからな」
 ティオ……ティオリアは開いていた本を閉じると翼と背を思いっきり伸ばし、立ち上がった。
 半分持て、と言いつつ重い本をフェイタスの腕に乗せると、残りの本の山を手早く積み上げて持ち上げる。
 半分、とかいいながらその大半を自分で持ってしまうところが、人が良いというかいい加減というか。
「どうせ、報告書もまだなんだろう?行くぞ」
「わぁい!いつもありがとう」
 フェイタスは、そんな親友の不器用な優しさに無垢な笑顔を返し、苦手な報告書の作成をするために翼を広げた。



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