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報告書の提出が終わると、天使は地上での役目で蓄積した疲労を癒すために、天界で思い思いに羽を伸ばす。
ティオリアとフィリタスも最後の一仕事を終えると、再び先程の木陰に戻ってきていた。
「ティオ……ホントに、本が好きだねぇ」
ティオリアを挟むように、フィリタスとは逆の傍らには山と詰まれた本がある。
傍らでゴロゴロと横になる美貌の天使に苦笑しながら、ティオリアは本から視線を上げて答えた。
「人間の知識は面白い。俺たち権天使では持ち得ない知識まで持っていることもあるからな」
「その知識のせいで、酒に溺れたり、悪行や姦淫に走ったり……碌なことにならないのに?」
愛らしい顔に侮蔑の色を浮かべるフィリタスを、ティオリアは静かに見返す。その美しい空色の瞳は、僅かに悲しげな色を浮かべているようだった。
人間は、悪魔の手によるものだけではなく、自ら欲に溺れ堕落していくことも多い。地上で都市や国を監視する権天使は、そうした人間の弱さを目の当たりにすることが多いのだ。
故に、人間の弱さを軽蔑している仲間も少なくない。
だが、ティオリアの意見は少し違っていた。
「そればかりじゃない。田を耕し、動物を育て、知識を有効に生かして堅実に生きている人間も多くいる。
それに、これらの知識は天使が人間に伝えたものも多いんだぞ」
酒の元となった葡萄や、錬金術の元となる科学的知識を与えたのもまた、古い時代の天使達だ。
「……そのせいで堕天した天使も多いじゃないか。大丈夫なの?そんな知識を僕らが知っても」
本気で心配してくれる傍らの天使を安心させるように、知を好む天使は滅多に見せない笑みを浮かべた。
「堕天使たちは、それを神の意に反して人間に伝えたことに問題がある。知っているだけなら罪にはならないだろう。
そもそも、それすら罪だというのならば、天界に本を持って入ることは許されないはずだ」
「うーん。それならいいんだけどさ」
もう話は終わったとばかりに、ティオリアは再び本に視線を戻す。その様子を、まだ何か言いたげな目で見ていたフィリタスだったが、読書に集中しているのを確認すると諦めて生あくびをもらした。
「眠いなら寝て良いぞ」
「んー……」
ごろん、と花畑に横になって美貌の天使は本の虫の服のすそを掴むと、その足に頬を摺り寄せた。そうして、服に顔を埋めながらややくぐもった声で呟く。
「ティオ、歌って?」
子猫が甘えるような仕草に、ティオリアは無意識に笑みを浮かべてしまう。
仕方ないな、と本を片手で支え、空いた手を伸ばしてふわりとその柔らかな髪をかき混ぜるように撫ぜると、彼は静かに唇を開いた。
やや低めのテノールが、伸びやかな旋律をつむぎ出す。歌い手の性格を現したような、素朴だが暖かく穏やかな天使の歌声を耳に、美貌の天使は安らかな寝息を立て始めたのだった。
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