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「確かに、感じたよ」
 最愛の友の、その存在を。
 けれど、存在を確認して、満足してしまった。その姿を、見ようとは思わなかった。
 それ以上語ることを拒絶するように瞼を閉じた上司の様子を、部下は傍らで見つめる。その穏やかな表情の奥にあるであろう、何かを探ろうとしているように、真剣な眼差しで。
「一つ、お尋ねしても宜しいですか?」
 どれくらいそうしていただろう。ぽつり、と零した質問に、ユーデクスは瞼を開き、視線だけで続きを促す。
 心得た部下は、口を開いた。
「何故、それほどまでに落ち着いていらっしゃるのですか」
 誰が見ても仲が良く、心を許していた天使が、天を去ったというのに。
 この智天使は、一度も心を乱した様子は無かった。
 あるのは、寂寞の情を滲ませる瞳だけ。表情ですら、いつもの穏やかな笑みを絶やさずに居た。
「そうだね……信じているから、かな」
「……堕天使を、ですか?」
 悪魔ほどではないが、堕天した天使を快く思う天使など、まず居ないだろう。
 それは、ユーデクスとて同じ。堕天使が信頼に値するかと問われれば、否、と答える。
 けれど。
「アイゼイヤを、信じているからね」
 穏やかに微笑んで答えたユーデクスの言葉に、部下は理解が出来ないといった顰め顔で黙り込む。
 だが、智天使のその心情を慮ることなど、おこがましい……出すぎた真似だと自分を納得させたようで、彼はただ静かに頭を下げて、部屋を去っていった。
 静かになった部屋で、ユーデクスは一人、椅子に背を預けて思考を巡らす。

 最愛の友との、穏やかな時間を。
 優しくて、懐かしい、暖かな会話を、温もりを、微笑を。

 ゆっくりと反芻して、穏やかな笑みを深める。

 あの穏やかで満たされた時間は、もう、二度と得ることは出来ないだろう。
 神のご慈悲で、再び彼にまみえたとしても、自分達の間には『天使』と『天を去ったもの』という大きな壁が立ちはだかる。

 それでも。

 かえる場所はひとつだ、と、真っ直ぐに見据えて答えてくれた。
 自分に黙って消えはしないと、笑って言葉にしてくれた。

 その言葉を信じ、『その時』まで私は待とう。
 ユーデクスは、決意と共に、ゆっくりと瞼を開く。

 途端に視界に入るのは、いつもと変わらない自分の部屋。
 同時に彼を取り囲む、寂寥感の増した穢れ無き天界の空気を感じて。
 決意が揺らぎそうな孤独感に、ユーデクスは苦笑いを零す。

「……待つことしか出来ないというのは、酷くもどかしいよ。アイゼイヤ」

 呟かれた弱音は、静寂に飲まれて誰の耳に届くこともなかった。



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