= 3 =
しん、と張り詰めるような緊張感に静まり返った部屋。三人の天使に囲まれた水鏡の水面が揺れる。
鏡に手を翳すのは、ユーデクス。その右側に、不機嫌な顔をしたユーデクスの部下。左側が、祈るように胸の前で手を組んだアイゼイヤの部下。
しかし、どれだけ手を翳しても、意識を集中しても、水鏡の映像が焦点を結び、目的の天使を映すことは無かった。
永遠とも思われる長い時間の後、ユーデクスはそっと水面から手を引く。穏やかだが何処か諦めたような雰囲気を漂わせる智天使に、上司の身を案ずる部下が縋るような視線を向けた。
「……ユーデクス様……」
しかし、その期待を打ち砕くように、彼は静かに首を左右に振る。
「地上にいる天使の中に、彼の気配はないね」
「……そう、ですか……」
「追って、神からご指示があるだろう。それまで待ちなさい」
「はい」
肩を落としながら部屋を後にする天使を見送り、ユーデクスは水鏡に背を向け椅子に向かうと、深々と体を預けた。
「お疲れ様です」
後を付いてきた部下が、傍らに立って労ってくれる。
それに力なく微笑みを返すのが精一杯だった。
「ありがとう。流石に疲れたよ」
力的にも、精神的にも。
そんなユーデクスの様子に、彼を敬愛して止まない部下は憤慨する。
「まったく、信じがたい話ですね。智天使ともあろうお方が、存在意義とも呼べるお役目を放棄なさるなど!」
「放棄、ね。消滅したとは思わないのかい?」
「思いません」
真顔できっぱりと言い放つ部下に、ユーデクスは笑みを深める。穏やかに。朗らかに。
「何故?」
「ユーデクス様が仰ったでは有りませんか。『天使の中に、気配は無い』と」
「そうだね」
「つまり、天使で無ければ、気配を感じたということでは有りませんか?」
「……ふふ。鋭いね」
「伊達に、長年堕天使を見てきたわけでは有りませんから」
堕天しても、多少なりともその存在の気配は感じることができる。天使を断罪し、堕天使に直接対面することが多い、限られた一部の天使にしか知られていない話。
地上に降りた堕天使の気配を何処まで感じ取れるかは解らないが、智天使クラスともなれば、存在の有無ぐらいは判るだろう、と、この部下は推測したのだ。
ユーデクスは一度瞼を閉じて深く息を吐くと、ゆっくり瞼を開き、虚空に両目を向ける。
笑みは、崩さないままで。
<< back || Story || next >>