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 目の前の天使が移動を拒否する理由が想像つくだけに、レイシオはしょぼんと耳を下げてしまう。
 今にも泣き出しそうなその声に、ベリスは大きな溜息を一つ零した。
「わーったよ。地上には一緒に行ってやるから、アイツに場所を聞いて来い。
 ……此処で待っててやるから」
「ホント!?」
 譲歩する言葉に、ぱっと幼い顔が華やぐ。
 真っ直ぐな期待の眼差しに、ベリスは照れを隠すように視線を逸らした。
「嘘言ってどうすんだ」
「わぁい! さすがおにーちゃん!」
 喜びのままに飛びつく小さな体を抱きとめて、黄金の翼を持つ天使は無言で口元を緩める。
 その笑みは、自分を兄と慕う天使に向ける自愛と、ほんの僅かな気恥ずかしさに彩られていて。
 一般的な天使の間に兄弟という風習はない。皆神の子供であり、兄弟だからだ。
 だが、レイシオは、作られた時からファルクスとベリスを兄として特に慕っていた。その理由は本人にも分からないし、だからといってベリスが彼を弟扱いしてくれるわけではない。
 だが、こうして接触しても冷たく突き放されないので、ベリスも満更ではないのかもしれない。
「さっさと行って来い」
「うんっ」
 促され、バサリと改めて翼を広げて、レイシオはもう一人の兄がいる場所へ向けて空間を飛んだ。


 レイシオの姿が異空間に消えると、薄桃色の羽が、ヒラヒラと舞い踊りながら、ベリスの手元に落ちてきた。
 それを拾い上げて、彼は静かに苦笑する。
「桜なんてワザワザ見に行かなくても、姿見でも見てりゃ十分だろうが」
 桜色の髪、桜色の翼、木の幹のような肌に、新緑色の瞳。
 桜の精のようなあの智天使が戻ってくるまで、どれくらいかかるだろうか。
「…………」
 考えるだけ無駄。戻ってきたら、また揺り起こされるだけだ。
 そう脳内で結論付けたベリスは、再びゴロンと木陰に横になった。


 その後、レイシオはファルクスをつれてベリスの元に戻ってきた。
 レイシオではなくファルクスに叩き起こされ、その荒っぽさに文句を言うベリスを無理矢理引き連れて地上に降りた3人が、どのように花見を満喫したのか。
 それは、彼らだけが知る、暖かく優しい春のお話。



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