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「レイシオ様、そろそろご自重なさってください。
このままでは、下位の天使たちに示しがつきません」
声は荒げないまま、幾分強い口調で、ホーリィが窘める。
天界広しといえど、己より上位の天使に此処まではっきりと物を言えるのは、彼くらいのものだ。
いや、流石の彼も、言う相手は選んでいるだろうが。
相手が長年付き合いのあるレイシオだからこそ、此処までいえるのだろう。
「だから、こっそりお忍びで行ってるんだよ」
耳が痛い……そういう表情で、少年の姿をした智天使は三角の耳を忙しなく動かし、反論する。
とはいえ、今回は分が悪い。
「そういう問題ではありません。
智天使ともあろう方が、何度もお役目を放り出すこと事態が問題なのです」
偵察という名目で地上に降りること自体は、上級天使の間では珍しくない行為だ。
もちろん、身分を隠していくのだが。
だが、最近のレイシオの地上への『偵察』回数は目に余る。
天使の存在意義である神から与えられるお役目を側近に預けてまで、一体何を求めて地上に降りているのか。
流石に、このままでは堕天を危惧されても仕方がない。
理由が想像できるユーデクスは、余計にそう思う。
尤も、今追及している彼が、そこまで知っているとは思えないが。
「ホーリィ、少し落ち着きなさい」
「……ユーデクス、様……」
二人の会話にクッションをはさむように、ユーデクスは穏やかな声を放つ。
取ってつけたような敬称は、ユーデクスの後ろに立つ、レイシオの側近を見たからだろう。
レイシオとホーリィが一触即発だと青い顔をして報告に来たその側近は、行く末をハラハラとした顔で見守っている。
ユーデクスは穏やかな笑みを浮かべたまま、レイシオの方をむいた。
天の裁判官の名を冠する彼の、金と銀のオッドアイが、桃色の少年を見据える。
その目は少しも笑っておらず、慣れていない者は、真実を暴こうとする視線の鋭さに、ゾッと背筋を凍らせたかもしれない。
「レイシオ。確かにホーリィの言う事も一理ある。
無闇に他の天使たちの不安を煽るのは感心しないよ」
「分かってるよ、ユーデクス」
可愛らしい桃色の猫耳を伏せ、殊勝な態度を見せる智天使に、同じ智天使のユーデクスは穏やかな笑みで頷いて、未だ表情が硬いホーリィを見た。
先ほどとは少し違う、幾分穏やかで優しい視線と共に。
「ということだ、ホーリィ」
「……はい」
これ以上は詰問するな、という言外の圧力に、ホーリィは頷くより他ない。
後のことは側近に任せ、ユーデクスはホーリィを連れてレイシオの自室を退席する。
緊張が解けたのか、肩で溜息を吐いた座天使に、ユーデクスは苦笑を零した。
「仕事熱心なのは良いけれど、少し根を詰めすぎではないのかな?」
「そんな、ことは……」
ない、とは言えない。
確かに、この所ずっと地上でのお役目と天界での智天使とのやり取りで、息吐く間がなかった。
「私の部屋においで、ホーリィ」
「…………」
突然の申し出に、ホーリィは視線を彷徨わせる。
「暫くゆっくり話も出来なかっただろう?
……勿論、君が嫌でなければ、だけどね」
「嫌なんてこと!」
「じゃあ、このまま……いいね?」
「…………はい」
まるで誘導だ。
ホーリィはそう思いながらも、大人しく頷くしかなかった。
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