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側近も下がらせ、一人椅子に深く座り、レイシオは溜息を零す。
先ほどのホーリィの小言が、残響のように思考に残っている。
「随分と気が立っているね、レイシオ」
音もなく自分の空間に入ってきた同僚に、レイシオは笑みを零す。
その笑いは、いつもの無邪気な彼とはまるで別人のような、歪んで狂気的な笑み。
闘いを楽しむ、獣の笑みに近かった。
「久しぶりだよ、こんな感覚……暫く忘れてたのにね」
そう、嘗て、『兄』が天界に居たころは、この感覚を……否、もっと強い、破壊願望にも似た狂気を身に宿したことがあった。
気が遠くなるほどの、遠い昔に。
「……珍しいね。
何が君を此処まで熱くさせたのか……聞いてもいいかい?」
「たいしたことじゃないよ。
ただ……気に入らない悪魔を、見つけたんだ」
あの悪魔……ローレル、だったか。
何が、とはいえないが、どうにも気にいらない。
一番気に食わないのが、彼に喧嘩を売るたびに、あの赤い悪魔が介入してくることだ。
あわよくば、二匹纏めて始末してやりたい、と思うほどに。
「ホーリィが危惧していたよ。君が、堕ちるのではないかと」
「そう簡単に堕ちたりしないよ、ボクは」
「それなら良いけれど、ね」
ユーデクスは曖昧に笑う。
覚えがあるのだ。
堕ちたとはいえ……否、堕ちたからこそ、かつて己が心を許した相手と平静な心で会いまみえる事の難しさ。
その手を取りたい誘惑に駆られる、恐ろしさ。
「それより、彼はどうしたの? ユーデクス」
話を逸らすように掛けられた声。
ユーデクスは、先ほどまで眺めていた、話題の主の寝顔を思い出し、相好を崩す。
「私の部屋で眠っているよ。
君相手に、中々の舌戦をしていたようだね」
ユーデクスの言葉に、レイシオは苦笑をこぼす。
それは、先ほどの狂気が滲むものとは違い、どこか懐かしむような、慈しむような色が垣間見えた。
「本当に。ますます『彼』に似てきたよ。
智天使になる頃が恐ろしいね」
「だが、楽しみでもあるのだろう?」
かつて智天使として彼らと肩を並べていた白い天使。
彼と言葉の応酬を交わすのが、レイシオの楽しみの一つであったことを、ユーデクスは覚えている。
全く同じ時間が戻ることはないが、あの時のように……否、あの時以上に有意義な時間がやってくることを、楽しみにしているのだ。
ユーデクスも、レイシオも。
「さて、そろそろ私も役目に戻るよ」
「手間を掛けさせてごめんね」
「構わないよ。久しぶりに彼と言葉を交わせたしね。
だが……私も、君を心配しているんだよ、『お兄ちゃん』」
ユーデクス自身に、あまり兄弟の認識はないが。
レイシオの言葉を真似てそう本心を伝えれば、レイシオは少し驚いた顔をした後。
ほんの少し苦しげな……しかし、どこかはにかんだ笑顔を見せたのだった。
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