= 1 =

 頭の中で警鐘が鳴り響く。

 目の前の悪魔の姿に、目を奪われてはいけない。と。
 目の前の悪魔の言葉に、耳を傾けてはいけない。と。

 わかりきったことだ。
 悪魔は嫌悪すべきもの。
 存在を認めてはいけない。

 なのに、なぜ、こんなにも心震えるのか。
 姿を見るだけで、表現できないほどの様々な感情が胸のうちに膨らむ。

 この、今生まれたばかりの白い悪魔に、心乱される。

 天使が、悪魔を求めてはいけない。
 役目を放棄してはいけない。

 神の命を全うすることが、存在意義であり、何よりもの喜び。

 だが実際は、彼の名を叫び駆け寄りたいと願う私と、それを押し留める私がせめぎ合う。

 吹き荒れる感情の嵐を振り払うように、私は刃を振るう。
 漆黒の鎌が空気を切り裂き、見えない風が刃となって白い悪魔を襲う。

 向こうもかつては智天使と呼ばれていた存在。
 中級悪魔ならば一刀両断されるであろう攻撃も流されて終わる。

 想定の範囲内。
 隙を縫うように、距離を縮める。
 至近距離で視線が合う。

 もう一人の私が悲鳴をあげる。

 何故だ、と。
 何故、君と刃を交わさねばならないのかと。

 選んだのは、私だろうに。
 彼をこの手で滅ぼす事を選んだのは、他でも無い私自身。

 冷静に諭す私の言葉は、虚しく心に霧散するだけで、嵐は一向に止む気配がない。

 その間も、何度も白い刃を避け、同じ回数だけ黒い刃を向けた。

 まるで、クルクルと、歪んだワルツを踊っているようだと思った。
 一つでも音を外せば、待つのは消滅。

 そんな紙一重の状況の中、向かい合う白い悪魔は、私を真っ直ぐに見ていた。
 穏やかな微笑み。
 昔と変わる事のない、余裕さえ感じるそれが、徐々に腹立たしく感じ始める。

 だが、同時に、喜びも覚えるのだ。
 彼の瞳を独占しているのは、私だけなのだと。
 今この瞬間だけは、彼の事のみに思考を使う事を、許されるのだと。

 警鐘が大きくなる。

 早く排除しろと、悪魔を滅せよと、神が声なき声で私を導く。



<< back || Story || next >>