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 最初に音を外したのは、どちらだろうか。

 至近距離で振るわれる純白の剣を、私は避けずに顔で受け止める。
 目元を掠める冷たい闇の力。
 翼を一枚、切り裂かれる痛みを感じながら、私も刃を振るった。

 この至近距離では避けられまい。

 黒い風が、白い肌を割く。
 整った顔を彩る真白の瞳を奪うように、大きく走る裂傷。
 飛び散る赤い雫。
 白い髪に、鮮やかな花弁を散らして。

「……っ」

 もう一人の私が、声なき声で悲鳴をあげた。
 絶叫が頭の中で響き、体の主導権を奪おうと感情が内から外へと押し寄せる。

 出てくるな。
 出てきてはいけない。
 今、感情を許せば……恐らく、私は。

「……貴方の元に戻りたい私は……もう、いない」

 耳を掠めたのは、痛みを堪えた静かな声。

 私から少し距離を置いた彼は、先の読めない微笑みを浮かべていた。
 全てを諦めているようで、何かを企んでいるような。

 赤に彩られた白い悪魔の姿は、酷く毒々しく……同時に、酷く美しいと思った。

「……私は、決めたよ。
 もう、戻らない」

 目を伏せ放たれる悪魔の言葉が、胸の内に絶望を広げる。
 僅かに残った希望さえも、打ち砕かれる。

 神の元で過ごした、愛しいあの日々は、もう戻らない。

「だから、………貴方が、私の元に堕ちてくれ」

 それは、嘆く私の心に、妙な明瞭さで届いた。
 顔を上げた先、差し出された白い手が私を誘う。
 柔らかな微笑みが、私を惑わす。
 目が、逸らせなくなる。

「ユーデクス」

 悪魔でもない私が、名前に縛られる。
 彼に呼ばれた名前から胸が震え、世界が、感情が、溢れ出す。

 かつて、『ユーデクス』が生まれた、あの瞬間のように。

「……っ、」

 遠くで制止する同族の声を振り切り、手を伸ばす。
 祈るような気持ちで。

「……アイゼイヤ……っ」

 小さく呟いた愛しい名前は、拒否される事なく受け止められて。

 闇に身を焼かれる痛みを感じながら、半身の手を強く握り返した。



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