= 2 =
最初に音を外したのは、どちらだろうか。
至近距離で振るわれる純白の剣を、私は避けずに顔で受け止める。
目元を掠める冷たい闇の力。
翼を一枚、切り裂かれる痛みを感じながら、私も刃を振るった。
この至近距離では避けられまい。
黒い風が、白い肌を割く。
整った顔を彩る真白の瞳を奪うように、大きく走る裂傷。
飛び散る赤い雫。
白い髪に、鮮やかな花弁を散らして。
「……っ」
もう一人の私が、声なき声で悲鳴をあげた。
絶叫が頭の中で響き、体の主導権を奪おうと感情が内から外へと押し寄せる。
出てくるな。
出てきてはいけない。
今、感情を許せば……恐らく、私は。
「……貴方の元に戻りたい私は……もう、いない」
耳を掠めたのは、痛みを堪えた静かな声。
私から少し距離を置いた彼は、先の読めない微笑みを浮かべていた。
全てを諦めているようで、何かを企んでいるような。
赤に彩られた白い悪魔の姿は、酷く毒々しく……同時に、酷く美しいと思った。
「……私は、決めたよ。
もう、戻らない」
目を伏せ放たれる悪魔の言葉が、胸の内に絶望を広げる。
僅かに残った希望さえも、打ち砕かれる。
神の元で過ごした、愛しいあの日々は、もう戻らない。
「だから、………貴方が、私の元に堕ちてくれ」
それは、嘆く私の心に、妙な明瞭さで届いた。
顔を上げた先、差し出された白い手が私を誘う。
柔らかな微笑みが、私を惑わす。
目が、逸らせなくなる。
「ユーデクス」
悪魔でもない私が、名前に縛られる。
彼に呼ばれた名前から胸が震え、世界が、感情が、溢れ出す。
かつて、『ユーデクス』が生まれた、あの瞬間のように。
「……っ、」
遠くで制止する同族の声を振り切り、手を伸ばす。
祈るような気持ちで。
「……アイゼイヤ……っ」
小さく呟いた愛しい名前は、拒否される事なく受け止められて。
闇に身を焼かれる痛みを感じながら、半身の手を強く握り返した。
<< back || Story || next >>