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 ゆっくりと、微睡から意識が浮上する。

「リコリス」

 瞼を開けば、愛しい悪魔と視線が絡む。
 それだけで、身体の芯が熱を帯びる。

 穏やかな微笑みの中に滲む狂気に煽られながら、私も微笑みを返した。

「夢を、見た」

 白い悪魔の瞼に走る、大きな裂傷の痕を指で辿る。
 治そうと思えば、容易い筈だ。
 けれども、彼はこれを遺した。
 私が目元の傷を遺したのと、同じように。

「まだ君が生まれたばかりの悪魔で、私が白い翼を持って居た頃の、夢」
「随分と懐かしい夢を見たね。
 ……後悔、しているのかい?」

 彼の言葉に、私は嗤う。
 今更な愚問だと。

「後悔ばかりだよ。
 終わりのない飢えに、常に苦しめられる」

 半身に触れるたび、喰らいたい思いと喰われたい思い、二つの欲望の炎に炙られ、身を焦がす。

「だが、戻りたいとは思わない。
 あのまま堕ちずに居たとしても、君に飢えるのは同じだからね」

 私は答えながら、愛しい悪魔に唇を重ねる。
 舌を絡め、口腔を味わい、暖かな舌に牙を沈めた。
 引き抜けばすぐさま溢れる赤い蜜を啜り、喉を潤す。

 赤く染まる唾液を引いて、音を立てて唇を離す。

「……シロ」

 鼻を掠める忌々しい臭いに、私は顔を顰める。

 抱いたのか、抱かれたのか。
 どちらにせよ、選択権など与えられることなく、貪られたに違いない。

「陛下の臭いがする」

 名実共に、悪魔の頂点に立つ王に、直接文句など言えようはずもない。
 だが、自分の物に手を出されれば、やはり腹は立つ。

「ふふ。鼻の良い狼だ。
 ……帰る途中で呼び出されてね」

 白い悪魔は、私の嫉妬も怒りも全て識った上で、なお余裕に溢れた笑みを浮かべる。
 ならば、その余裕に応えてやろうではないか。

「……っ、」

 白い鎖骨に牙を立て、薄い皮を食い破る。
 窪みに溜まる血を啜り、舌で綺麗に拭って、私は小さく声を落とした。

「酷く空腹なんだ……満たしてくれるかい?
 …………『アイゼイヤ』」

 真名に反応して、ヒクリと白い身体が痙攣する。
 視線を上げて顔を確認すれば、官能的に眉を寄せ、楽しげに嗤う半身の顔。

「いけない子だ……喰われたいのかい?」

 低く囁かれる問いかけに、私は笑みを深くする。

「陛下に、満たして貰ったんだろう?」
「デザートは別腹、だ」

 獰猛な猛禽類の瞳が、私を捉える。
 形の良い唇は、私の唇を掠めて首筋へと降下した。
 皮膚に白い牙が突き刺さるのを、痛みで識る。
 先ほどまでのお返しと言わんばかりに、たっぷりと血を啜られた。

「貴方の血は甘くて……虜になるね、『ユーデクス』」

 ゾクリ、と心臓がわななく。
 恐怖か、嫌悪か、歓喜か、期待か。

 ただ一つわかっているのは、彼に真名を呼ばれると、まるで性行為のような中毒性のある快楽が齎されるという事。

「君は、どこもかしこも、とても甘いよ……喰らい尽くしたい程に」

 衣服を乱す冷たい指の感触に煽られ、熱の篭った吐息を吐き出しながら。
 私は愛しい悪魔にそう嗤い、官能的なダンスに身を投じたのだった。


 end...



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