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 現れた悪魔は細く痩せ細り、骨と皮ばかりの餓鬼のような姿をしていた。

 ── 契約を……
「その必要はない」

 契約を求める悪魔に、俺は無表情で、言い捨てる。
 たじろぐ悪魔を捉え、その喉元に食らいつく。

 まるで砂か泥を食らっているような不快な味。
 一口、また一口と食らい啜る度に、体内へ落ちて行く闇の力。
 暗く冷たいその魔力は、興奮で熱くなった心に染みて、心地が良いと思った。
 最初は激しくもがいていた悪魔も、今は虫の息でもう抵抗する力もないらしい。

 骨を噛みしめる度、ゴリゴリと響く嫌な音。

 やがて身体に変化が現れた。

 まず最初に現れたのは、焼けるような背中の痛み。
 次に激しいこめかみの痛み。
 肉を突き破り血を流す激痛。
 荒い呼吸の中、めりめりと体内から嫌な音が響く。

 まるで羽化だと思った。

 ばさりと聞こえた羽ばたきは、懐かしい響きで耳にこだまする。
 床に落ちる黒い俺の影は、今まで見たどんなものよりも大きく禍々しい。

 しばらく床に伏せて激痛をやり過ごす。
 今しがた食らったばかりの悪魔の力を体に馴染ませながら。

 絶え絶えの呼吸の中、見上げた窓に映るのは、漆黒の髪と真紅の目を持つ、生まれたばかりの悪魔。
 捩れた角、黒い翼、尖った耳……だが顔立ちは面影を残しているだろうか。

 漲る力。
 初めて手にした強い魔力に、俺は開放感を憶える。

 だが、まだ足りない。
 これでは、まだ。
 あの悪魔を殺す事は出来ない。

 俺は軋む体を無理矢理起こし、翼を伸ばて立ち上がる。
 鋭い爪を滴る、贄となった悪魔の血を舐め、その味に舌鼓を打つ。

 カシャリ、と音を立てて、何かが床に落ちた。
 核になった人間が、最期まで握りしめていた懐中時計。
 心の拠り所だった、神望星のようなもの。

 俺は無造作にそれを拾い上げる。
 バキリ、と砕ける音。
 少し力を入れるだけで、簡単に壊れるのは、人の心と同じだ。

 パラパラと手から零れ落ちる残骸。
 指の隙間から零れ落ちるミルクティー色の細糸を見送って。

 かつて愛(ジュレクティオ)と呼ばれていた悪魔は。

 赤い涙を零して。

 静かに。



 静かに。




 嗤った。


end...



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