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かしり、と、鎖骨に歯が立てられる。
かしかしかし、と。
黒く細い尾を揺らし、まるで子リスのように、小悪魔が齧りついてくる。
甘噛み、というには少々強いだろうか。
リクライニングチェアに凭れ、寛いだ様子でゆったりとワインを嗜むリコリスは、自分の上に乗りあがってじゃれてくるアプフェルに目を細める。
可愛い可愛い小悪魔。正確には中級悪魔の中でも上位に値する力の持ち主なのだが、大悪魔であるリコリスから見れば可愛い小悪魔でしかない。
暫くそうして鎖骨にじゃれ付いていたアプフェルだが、効果がないと分かると、さらにリコリスの上に乗りあがり、今度は首筋に唇を落とした。
首と肩の付け根をカリカリと齧る。
可愛らしい怒りの表現に、とうとうリコリスは耐え切れず笑って問いかけた。
「どうしたのかな? 今日はやけに噛み付いてくるね」
「………………別に……」
長い長い沈黙についてきた小さな呟き。それ以上言葉を紡ぐ事は無く、再び齧る行為を始める小悪魔。
不機嫌なのは火を見るより明らかだ。
だが、その怒りが爆発しないのは、矛先がリコリスだからか……いや、彼相手ならばもう少し分かりやすく感情表現するだろう。
ということは、直接怒りをぶつけることの出来ない相手、ということになる。
一つだけ、思い当たる節のあるリコリスは、敢えて指摘しないで好きなようにさせる。
「…………猫は……」
暫く齧っていたアプフェルは、しかしとうとう黙っていられなくなったのか、首筋に顔を埋めてくぐもった声を出す。
「ん?」
「……猫は、私より、………………いや、なんでもない」
ほら、やはり。
「ふふふ」
予想通りの原因に、リコリスは愉快げに肩を震わせる。
アプフェルは、そんな彼に睨みを利かせてきた。
笑い事では、ないのだと。
「アレとは、何もないよ」
「嘘だ! 貴方と二人きりになって、あの悪魔が何もしないはずがない……っ」
顔を上げて目を吊り上げるアプフェルに、リコリスは微笑んだ。
「本当だよ。まぁ、向こうはその気だったようだがね」
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