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 それはほんの数時間前。
 突然、リコリスの城に一人の悪魔がやってきた。
「やぁ、リコリス」
「……珍しいね、カッツェ。君が此処にくるなど」
 来訪を告げられ、いつものように隙無くきっちりと衣服を着込んだリコリスは、広いロビーでにこやかに客人を迎え入れた。
 何をしにきた……と言外に漂う、邪険な雰囲気を隠しもせずに。
「お楽しみのところごめんね。少し君にお願いがあってさ」
 殺意すら感じるリコリスの眼差しに微塵も臆することなく、少年の姿をした大悪魔は、にっこりと笑った。
 無邪気さの中に漂う、成熟した色気。
 その絶妙なバランスで成り立つ熟達した雰囲気に、奥でやり取りを眺めていたアプフェルは妙な焦燥を覚える。
 リコリスは、大悪魔だ。相手も同じ大悪魔とはいえ、作られた淫魔の色気に惑わされるとは思えない。
 それでも、やはり、他の悪魔が彼に色目を使うのは気に入らないのだ。
「此処では言えない事かい?」
「んー……できれば、二人きりがいいなぁ」
 チラリと挑発的にアプフェルを見た後、リコリスに向けて流し目を使うカッツェ。
 そんな悪魔の誘惑を城主はあっさりと無視して、背を向ける。
「執務室を開けよう」
 かくして、二人の大悪魔は執務室に消え、暫くその扉は固く閉じられていたのだった。



 執務室の扉が閉められている間は、誰もその中を知ることは出来ない。
 強力な魔術結界で、声も、物音もシャットダウンされてしまうからだ。当然、覗き見など出来るはずもない。
「大体、どうしてあの大悪魔が、貴方の城にくるんだ?」
「そうだね。確かに、大悪魔クラスが直接他の悪魔の城を訪れるのは珍しいね」
 リコリスはワインを揺らしながら、肌蹴た胸元に撓垂れ掛かる愛しい小鳥の頭を撫でる。
 別に、訪問理由を隠すことも無い。まぁ、カッツェからすれば不名誉なことかもしれないが、この子の不安を晴らせるならば安いものだ。
「カッツェの配下の一人が、反乱を企てたらしくてね。
 謀反自体は未然に防いだが、首謀者は逃げ出したらしい」
「それと貴方の何の関係が?」
「逃げ出した悪魔は、私の領地に潜り込んだのを見たという話が出たそうだよ」
「……それで、貴方が疑われた?」
 まるで自分に疑惑が掛けられたかのように、不機嫌も露に眉を寄せるアプフェルを見て、リコリスは愉快そうに肩を揺らした。
 鷹揚に、余裕ある態度で。
「まさか。……いや、疑われていたかもしれないね。それを含めて助力を請うて来たのだろう」
 腹に痛いところが無ければ、見返りは要求されても協力は惜しまないはず。
 それくらいの知恵は容易に回る相手だ。
 事実、リコリスはその要求をあっさりと飲んだ。
 此方としても、望まない鼠は出来るだけ早く排除したい。



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