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「……それで、貴方は、彼に何を貰ったんだ?」
「ふふ。本当に、彼とは君が考えるような事は何もないよ。私は猫と遊ぶ趣味は無いからね」
「でも、彼は、言ったんだ……この城の主は、落とし甲斐があるって……」
ポツリと不安げに零された言葉に、リコリスは眉を顰める。
確かに、交換条件に肉体関係を持ち出されたが、きっぱりと断っている。
まったく、あの猫にも困ったものだ。
嫉妬するアプフェルも可愛いが、信じてもらえないのも腹立たしい。
リコリスは魔法でベルを取り出すと、軽く鳴らす。
澄んだ音が部屋に響き、すぐさま執事役の悪魔が部屋の扉を開けた。
「例のものは届いたかい?」
「先ほど、先方の使者から受け取りました」
その言葉に満足げに頷いたリコリスは、軽く手を上げる。
承知した執事は当然のような顔で、良く冷えたボトルとグラスをワゴンに乗せて持ってくる。
主の視線に促されグラスの一つにボトルの酒を注ぐと、そのまま一礼して部屋を出て行った。
「……何?」
訝しげな表情のアプフェルの背を抱き込み、リコリスは椅子の上で器用に体制を入れ替え、覆いかぶさるように押し倒す。そして酒が注がれたばかりのグラスを口に含み、そのままアプフェルの形の良い唇を塞ぐ。
促されるままに開いた唇に注がれる、冷たい酒。
その蜜のようなトロリとした甘さと芳醇な味に、アプフェルの表情がウットリとした恍惚に変わる。
彼は強請るようにリコリスの舌に己の舌を絡め、その残り香を貪った。
「気に入ったかい……?」
「ん……おいしい……何?これ……」
酒か深い口付けか。余韻に蕩けるアプフェルの表情に、リコリスは笑みを深める。
「カッツェの領地の外れに、小さな淫魔の村があってね。
そこでは、人間の魂を糧に育ち、知恵の実を付ける珍しい果樹が管理されている。
これはその実で作られた蒸留酒だよ」
話を聞くだけで、貴重なものだと分かる酒。
他領地のものは余程でなければ手に入らない魔界で、どうしてそんなものがあるのか。
分からないほど、アプフェルは子供ではない。
「リコリス……」
「これなら、君にも呑めるだろう?」
「…………もっと、欲しい……」
薄く唇を開いて催促するアプフェルに、リコリスは笑って再びグラスを煽り、顔を寄せる。
再び重なる唇。貪るような口付けに、二人は酔う。
「まだ、足りないかい?」
こくり、と頷く可愛い小鳥の唇に、飼い主はグラスを寄せる。
当然のように顔を振って拒否するアプフェルに、リコリスは声を漏らして笑う。
「ふふ。欲しかったのではないかい?」
「……貴方の、蜜と一緒がいい……」
頭を引き寄せようと伸ばされる腕に身を預け、リコリスはアプフェルに圧し掛かる。
するり、と白い悪魔の滑らかな肌に手を滑らせながら、グラスを手に黒い悪魔は満足げに嗤った。
「ふふ。手の焼ける雛鳥だ」
そう囁き、再び酒を口移しするリコリスの瞳には、満たされた幸福の色が浮かんでいたのだった。
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