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その並々ならぬ回復力に呆れながら、デウスは小さく笑った。
蔑みではなく、慈しみを込めて。
「……もう少し、眠っていろ」
呻く魔人の額にかかる髪を軽く指先で弾くと、彼は静かに傍から離れる。
そして、あちこちに散らばった魔王の手足を態々一つ一つ拾っては、順番に、時間をかけて塵へと返した。
分解されたそれは、元あった場所に流れるように集まり、凝縮し、再び形を形成して治まる。
最後に飛び散った穢れを弾いて落としてやると、そこに残ったのは文様の描かれた白い素肌を晒して眠る、黒髪の有翼魔人が一人。
見た目はどこも傷ついたところは無いが、疲労が激しいのは、未だ目覚めない様子で分かる。
それでも、幾分和らいだ表情を見せて眠るサタンに、デウスは小さな笑み見せた。
「世話の焼ける半身だ」
満更でもなさそうに彼はそう呟くと、魔王を一人残したまま、牢獄のように隔離された領域を後にする。
天使ごときでは見つけようも無いほど小さな、小さな歪みを……抜け穴を、そこに残して。
別の領域に移動すると、そこには一人の天使の姿があった。
ラファエル……【癒す者】の名を持つ、その名の通り、治癒を得意とする天使だ。
「ご無事で何よりです」
帰りの遅い神を心配して来たのだろう。不安げなその顔に、デウスは微笑んでやる。
穏やかで、見るものを安心させる微笑み。
だが、その翡翠色の瞳が、天界の……否、この世界の誰も映していないことを知る者は、この天界にはいない。
彼が興味を持つのは、憎むべく定められた、唯一の半身だけだ。
何処も負傷したように見えない神の様子に、ラファエルは胸を撫で下ろす。
最上級の階級に属する天使ですら、愛に盲目が故に本質に気付かない。
そんな愚かで愛しい天使を慈愛の微笑みで一瞥し、デウスは本来彼が存在するべき玉座へと足を向ける。
「暫くはアレも大人しくしているだろう。だが、誰もあそこには入らぬよう、周知を徹底しておけ」
「仰せの通りに」
その命令の意図に何の疑問も持つことの無い天使に、空虚な視線を向けた後、デウスは穏やかな笑みを顔に貼り付けたまま、可愛い子供達の待つ玉座へと歩を進めたのだった。
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