= 2 =
夜の寮。
入浴も終わり、自由時間も終わった就寝前。
一年生のフロア点呼は、ロイエの仕事だ。
一部屋一部屋周り、部屋の外から声をかけて在室を確認する。
リストを眺めてチェックしながら、ロイエの頭の中は今日の授業の一件でいっぱいだった。
あの青年は、やはり自分と同じ学年なのだろうか。
あの授業で留年がいるとは聞いたことがないから、多分同学年だろう。
あまり同寮の生徒を、まして貴族でもなんでもない生徒を意識したことはないが、寮内で見た覚えがないから、もしかしたら自宅生かもしれない。
そう推測したとたん、胸の奥に小さく宿る寂しさ。
しかし、あれだけ純粋そうな青年だ。
恐らく自分とは縁のない世界の人間だろうと、ロイエは内心自嘲し、己の中に沸いた興味をその寂しさごと押し殺す。
「ノイマン。オーガスト・ノイマンはいるか?」
極力平静を装って上げる声。
「はいはーい」
閉まった扉の向こうから返る声。
いつもなら、そこで点呼は終わりだ。あとはチェックをして、次の部屋に移動する。
しかし、返ってきた声にロイエは引っかかりを覚え、扉を凝視したまま身動きが取れなくなる。
そう、それは、今日あの授業で聞いた声にそっくりで。
扉越しの声だ。気のせいかもしれない。
確認したくとも、まさか勝手に扉を開けることなどできず、ロイエはもやもやした気持ちを抱えて立ちつくす。
だが、扉は沈黙したまま、開くことはない。
「…………」
いつまでもそうしているわけにはいかず、彼は諦め、ゆっくりとした足取りで次の部屋へ移動する。
だが、点呼を取りながら、視線は無意識に先ほどの扉を見つめていて。
その視線に込められるのは、願うような気持ち。
そうそう簡単に、奇跡など起こるはずもない。
ロイエは通路が曲がるまで、折々にその扉を見やったが、結局部屋の主を見ることは叶わなかった。
変わりに、あの笑顔の眩しい青年の名を知りたいという思いと、オーガストという名前だけが、胸に刻まれる。
次に会った時に、名前を確認しようと……できれば、本人の口から聞きたいと……もう一度会話を交わしたいと、いつになく願いながら。
ロイエは点呼の終わった用紙と奇妙な高揚感を持て余しながら、例の部屋に背を向ける。そして、点呼の終了を報告するために、寮長の部屋へ向かったのだった。
<< back || Story || next >>