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 夜の寮。
 入浴も終わり、自由時間も終わった就寝前。
 一年生のフロア点呼は、ロイエの仕事だ。
 一部屋一部屋周り、部屋の外から声をかけて在室を確認する。
 リストを眺めてチェックしながら、ロイエの頭の中は今日の授業の一件でいっぱいだった。
 あの青年は、やはり自分と同じ学年なのだろうか。
 あの授業で留年がいるとは聞いたことがないから、多分同学年だろう。
 あまり同寮の生徒を、まして貴族でもなんでもない生徒を意識したことはないが、寮内で見た覚えがないから、もしかしたら自宅生かもしれない。
 そう推測したとたん、胸の奥に小さく宿る寂しさ。
 しかし、あれだけ純粋そうな青年だ。
 恐らく自分とは縁のない世界の人間だろうと、ロイエは内心自嘲し、己の中に沸いた興味をその寂しさごと押し殺す。
「ノイマン。オーガスト・ノイマンはいるか?」
 極力平静を装って上げる声。
「はいはーい」
 閉まった扉の向こうから返る声。
 いつもなら、そこで点呼は終わりだ。あとはチェックをして、次の部屋に移動する。
 しかし、返ってきた声にロイエは引っかかりを覚え、扉を凝視したまま身動きが取れなくなる。
 そう、それは、今日あの授業で聞いた声にそっくりで。
 扉越しの声だ。気のせいかもしれない。
 確認したくとも、まさか勝手に扉を開けることなどできず、ロイエはもやもやした気持ちを抱えて立ちつくす。
 だが、扉は沈黙したまま、開くことはない。
「…………」
 いつまでもそうしているわけにはいかず、彼は諦め、ゆっくりとした足取りで次の部屋へ移動する。
 だが、点呼を取りながら、視線は無意識に先ほどの扉を見つめていて。
 その視線に込められるのは、願うような気持ち。
 そうそう簡単に、奇跡など起こるはずもない。
 ロイエは通路が曲がるまで、折々にその扉を見やったが、結局部屋の主を見ることは叶わなかった。
 変わりに、あの笑顔の眩しい青年の名を知りたいという思いと、オーガストという名前だけが、胸に刻まれる。

 次に会った時に、名前を確認しようと……できれば、本人の口から聞きたいと……もう一度会話を交わしたいと、いつになく願いながら。
 ロイエは点呼の終わった用紙と奇妙な高揚感を持て余しながら、例の部屋に背を向ける。そして、点呼の終了を報告するために、寮長の部屋へ向かったのだった。



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