= 2 =
「さて、どうする?
もう手詰まりかな?」
ゲームの上でも、アイゼイヤは沈黙を続けている。
そもそも、相手は悪魔を相手に日ごろ天使軍を纏める、本物の作戦参謀だ。
まともに遣り合って勝てる相手ではない。
今の時点で白の負けは確実だ。
それでも、何か手はないかと思考を巡らせている。
「何してるんだ? こんな所で」
不意に飛び込んできた声が、思考をかき消した。
見上げれば、呆れた顔をした赤い髪と褐色の肌を持つ精悍な天使が一人。
黄金の翼が眩しく背にたたまれている。
「ベリス! おかえり!」
ぱっとレイシオの顔が晴れやかになる。
子供のような容姿に違わぬ無邪気な笑顔を浮かべて同士を迎える。
アイゼイヤはもう少し冷静に、穏やかで社交的な笑みを返す。
「チェスだよ。地上のゲームなのだけれど、なかなか奥が深い」
「ふぅん」
気の無い返事。
金色の瞳が盤を見つめる。
「今はどっちの番なんだ?」
「白。アイゼイヤの番だよ」
「……だろうな。お前の手に見えねぇ」
呟くと、しばし盤を眺めていたベリスは、徐に白のクイーンを摘むと、大胆に敵陣へ突っ込ませる。
「あ、ちょっとベリス!!」
上がる悲鳴。
驚くアイゼイヤ。
だがよくよく考えると、その一手で戦況が大きく変わる。
「…………その手があったか」
「勝つだけがゲームじゃねぇ。負けねぇのも一つの手だろ」
「だからって勝手に手を出さないでよ!!」
珍しく笑みを見せ、ドヤ顔でベリスは言い切ると、騒ぐレイシオを振り切るように翼を広げて飛び立つ。
逃げるなー!と叫ぶレイシオに軽く手を振り、ベリスは青い空に消えていった。
まだ怒り覚めやらぬレイシオに苦笑を零しながら、アイゼイヤは言った。
「……大丈夫だよ。ユーデクスは黒だからね」
「黒?」
「そう、何物にも染まらない黒。
不変の色だ」
愛する半身の持つ、緩やかで豊かな黒い髪を思い浮かべ、アイゼイヤは微笑む。
溜息をついて駒を動かしたレイシオに、アイゼイヤは容赦なく駒を動かして、そしてゲームは終わる。
「スティールメイトだ」
所謂引き分け。どちらが動いても、どちらも王手を取られる。
「ううう……ベリスめぇ……あれさえなければ勝てたのにぃ……」
「ふふ。油断大敵……いや、この場合、運が私に味方したというべきかな?」
味方したのは、運ではなく兄貴分とも言える天使だが。
レイシオは盛大に溜息を付いた後、諦めたように笑った。
「次は勝つよ」
「お手柔らかに」
アイゼイヤはそう返すと、ゆっくりと立ち上がる。
そして4枚の翼を広げて羽ばたく。
そろそろお役目が終わるであろう、愛する半身が待つ、上層へと。
「アイゼイヤ、ユーデクスを導けるのは君だけだ。
彼が迷わないように、ちゃんと手を引いてあげてね」
訴えるような若葉色の瞳。
その瞳に、アイゼイヤは微笑む。
「……そんな大層な役を担っているつもりはないが……善処はしよう。
私とて、彼を失いたくはないからね」
そういい残して、白い天使は春風を吹かせてその場から姿を消した。
end...
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