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眠れない。
そう言って、彼が自分の寄宿舎を訪れたのは、夜も更けた時間。
本来ならばこんな風に出歩いていい時間ではない。
まして、初遠征を直前に控えた聖騎士が。
いや、初遠征だからか。
珍しく言葉少なに黙り込む親友に、ロイは暖かいミルクを淹れたカップを渡した。
「オーギー、これでも飲んで落ち着け」
「わりぃ」
「気にするな」
ほんの少し足したブランデーが甘やかに香る。
狭い寄宿舎の一室。窓際に置いた小さなテーブルを挟んで沈黙の時間に浸る。
遠征とはいえ、まだ訓練兵の身だ。
そこまで前線に出ることは無いだろうし、元々戦争のためのものではなく、異教徒の暴動鎮圧だと聞いている。
多少の怪我はあれど、命に関わる重大なものはないだろう。
それでも、興奮が抑えられないのか。
「わらっちまうよな。まるでガキみたいに興奮してやがる」
震える体。
恐怖か、不安か……だが歪められた唇は、それだけではない、歓喜や期待にも似た興奮が滲んでいる。
こういう時、彼はやはり『騎士』なのだな、と思う。
闘いに身を置く男の顔をしている。
筋肉のついた逞しい体。日に焼けた健康的な肌。裏表のない、真っ直ぐに輝く瞳。
同じ男として、その精気に溢れる姿を羨ましく思いつつ、それでも覆せない生き方に、ロイは諦めにも似た笑みを浮かべた。
「いいんじゃないか? 無理に抑える事もないだろ。
今のうちに興奮しておけ。そうすれば、現地で浮かれて失敗する事もない」
「冷静だな、ロイ」
「俺は、何も出来ないからな」
零れた言葉は、ぼやきにも似た響きを感じた。
実際、ぼやきに近い。
どれだけ助けになりたくとも、自分は彼と肩を並べて戦うことは出来ないのだから。
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