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「着方は解るかい?」
「……一応。ただ、ブラジャーは流石につけたことがない」
「それなら、手伝おう」
 手伝おうと言えるということは、着け方を知っているということだ。
 何故!?とホーリィは聞きたくなったが、この用意周到な友の事だ、『そんなこともあろうかと調べたんだよ』と返ってくるに違いないと、疑問は喉の奥へと無理矢理飲み込んだ。
 羞恥心と戦いながら下着をつけ、ユーデクスに手伝ってもらいながら全ての衣装を身に着けると、其処には美しく愛らしい少女が一人。
「よく似合うね。さすが私の友だ」
「…………ありがとう」
 誉められた、と取っていいのだろうか。複雑な気持ちで、鏡を見る。
 白金色の髪も、瞳も変わっていない。鏡の向こうの少女の表情は固く、何処か冷たい感じを受ける。
「折角だから、これもつけてみようか」
 拒否する間もなく頭につけられたのは、フリルで出来たリボンの付いたカチューシャ。
 単品で見ると酷く派手なそれは、しかし白金色の髪につけるとさりげないアクセントになって、目の前の少女が更に可愛らしくなる。
「ふふふ。素敵だね」
「……楽しんでないか、ユーデクス?」
「勿論。折角の機会なんだ、君も楽しまないと損だよ」
 顔を顰めるホーリィに、ユーデクスは鏡越しに臆面もなく笑って頷く。
 そこまでアッサリと言われてしまうと、この状況が大した事ではない様な気さえしてくる。
 己の失態で塞いでいた気持ちが、ほんの少しだけ、軽くなるから不思議だ。
「だが、流石にこの姿で学園に出るわけには行かない」
 しかし、失態は失態。心から楽しむわけにはいかないと思ってしまうのが、この真面目な天使らしいところだろう。
 いくら女性体になったとはいえ、元々造詣の整った天使の顔だ。呪いを受ける前と大きな違いはなく、見るものが見れば直ぐに正体がばれてしまう。
「ふむ。確かにそうだね。なら、暫く此処で生活しなさい」
「え?」
 驚いて振り返った視線の先には、穏やかに微笑み彼を見下ろす友の顔。
「此処なら、私以外に入る者は居ない。日に一度、業者が掃除に入るけれど、その間だけ姿を消していればいい。
 学園には、届けを出しておけば問題ないよ」
「だが……それでは貴方に迷惑が掛かる」
 返答に躊躇い視線を逸らす遠慮深い友に、ユーデクスは笑みを優しげな、だが何処か切なさを滲ませる物に変えて、滑らかな白金の髪を指で梳いた。
「その時の為の友だろう? 何なら、ずっと此処で一緒に暮らしてもいいんだよ」
 君と、ずっと傍で暮らせたら、どんなに心安らかで居られるだろう。
 常に、この優しい月の光のような、暖かな存在に照らされていられたら。
 だが、ユーデクスの夢のような儚い望みは、予想通りの苦い微笑で拒否された。
「それは、学園生活に支障をきたすので遠慮するよ」
「ふふ、残念」
 それ以上誘うことはせず、ユーデクスは身を離すと、少女の手を取りソファまでエスコートする。
 されるがまま、大人しく引き連れられ、ホーリィはソファに腰を下ろす部屋主の正面に立つ。そのまま腕を引かれ、彼はおずおずとユーデクスの膝の上に、向かい合って座る形で乗り上がった。
「…………」
 腰に腕を回されも抵抗一つせず、ホーリィは暫くの間、友の瞳を見つめる。
 金と銀。色の異なる、澄んだ瞳。
 やがて、彼はゆっくりと瞬きした後、躊躇いがちに、豊かな黒髪の垂れる肩に顔を埋めた。
「……すまない」
 微かな、謝罪。
「うん?」
 ユーデクスは同じように小さく穏やかな声で、続きを促す。
「……しばらく、こうしていても、いいかい?」
 珍しいお願いに、黒髪の男はその顔に笑みを浮かべたまま、すっと目を細める。そして、片腕はしっかりと細い腰を支えたまま、別の手で肩に乗せられた頭に手を添える。そうして、子供をあやす様に、柔らかな髪を手でゆっくりと梳きはじめた。
 そんな風に動きで肯定を返す友に、ホーリィの肩から力が抜ける。
 悪魔を逃がした事。しかも呪いを受けるという、いつにない失態。普段の自分とは違う、慣れない姿。
 不安、だったのかもしれない。
「出来るだけ早く、戻るから……」
 己に言い聞かせるような、そんな必死さの漂う宣言に、ユーデクスは笑みを深くする。
「焦ってはいけないよ。
 大丈夫。呪いを見る限り、君一人で十分戦える相手だ。ここでゆっくり身も心も癒して、万全の体制で臨みなさい。
 私に出来ることなら、何でも手伝うからね」
 大切な、最愛の友に頼ってもらうこと。
 不謹慎なので口には出せないが、ユーデクスにとって、とても喜ばしいことなのだ。

 あの時、出来なかった事だから。

「……ありがとう、ユーデクス」
「どういたしまして」
 静かな夜の静かな部屋で、二人は暫くそうして互いの温もりに癒されていた。


 数日後、ホーリィは無事、件の悪魔を滅する事に成功する。
 呪いが解けた彼に対し、色んな意味で残念がったユーデクスが、数日間視線すら合わせて貰えなかったのは、また別のお話。



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