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 苛立ちが収まらない。
 何もかも捨てて、手当たり次第に壊して、傷つけてしまいたい。

 レイシオは、普段の彼からは想像も付かないほど荒い足取りで、上層を移動していた。
 体のうちから湧き上がり、今にも爆発しそうな破壊衝動を、強靭な理性で押さえつけて。
「あのバカッ! 何のために作戦があると思ってるんだ!
 あんなとこで狂化したら、全部立て直しじゃないか!
 大体、勝てばいいってもんじゃないって何回言わせれば分かるんだよ!!」
 抑えきれない苛立ちが、愚痴となって吐き出される。
 歩く動きに合わせて、肩に掛けた真紅の羽織が、まるで彼の心情のように荒々しくはためいた。

 中級クラス以上の天使が集まる天界の上層。
 下層ほどではないが、やはり天使の姿はちらほらと見かける。
 しかし、普段は気さくに話しかけてくる天使達も、今は遠巻きに彼を眺めるだけだ。
 尤も、彼がここまで苛立ちを露わにするのは珍しくない。
 魔王軍が攻めてくる度、天界軍の作戦参謀兼指揮官である彼は、情緒不安定になるのだ。
 問題児扱いされている、とある能天使と意識を共有するが故の弊害。そう、周囲からは言われている。
 その認識すら苛立ちの原因なのだと、周囲は気づいても居ないだろう。
 自慢のフサフサの尾を振り乱し、三角の可愛らしい耳をせわしなく動かして歩いていた彼は、ふと、見覚えのある天使の姿を見つけて立ち止まった。
 長い豊かな黒髪を背に流して立ちすくむ、長身の智天使。
 穏やかな微笑みを、まるで人形のようにその顔に貼り付け、何をするでもなくそこに居る。
 創られて数百年のまだ若い天使だ。
 そして、レイシオが弟として可愛がっている天使でもあった。
「ユーデクス?」
 声を掛ければ、黒髪の天使がこちらを向く。
 変わらない穏やかな微笑みで、ただ黙って此方を見ている。
 否、みていると言うには、余りにその視線は透明で、虚空を映しているように感じた。
「珍しいね。休憩中?」
「…………」
 返るのは沈黙。
 レイシオもわかっているので、それに怒りは覚えない。
 だが、苛立っている今は、そんな些細なことでも突っかからずには居られないらしい。
「ホント、君はいつも何を考えて、何を見てるんだろうね」
 不思議だよ、とレイシオは吐き捨てるように呟く。
「あのバカも一緒。
 ま、あっちは何も考えてない……目の前の敵を倒す事しか考えてないんだろうけど」
 レイシオの愚痴にも、ユーデクスの表情は変わらない。
 だが、ふっと突然、何かに惹かれるように、ユーデクスは視線を逸らして、何もない虚空をみた。
「?」
 レイシオも同じように視線を追うが、そこには何の気配も感じられない。
「ユーデクス?」
 声を掛けても、反応はない。
 仕方なく、もう一度ユーデクスの視線の先に意識を向けて、ようやくレイシオは覚えのある微かな気配を感じた。



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