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 油断していたのは、認める。

 何も言わずとも発動される、強力な防御魔法。
 絶妙のタイミングで飛んでくる、的確な攻撃魔法。

 何より、時折かけられる俺を呼ぶ声が、アイツそのもので。

 だから、錯覚していた。

「……ッ!!」

 発動したと思ったはずの、祝福の力を基にした結界は全く役に立たず、全身を黒い刃が貫く。
 一呼吸遅れてやってくる、耐え難い苦痛。
 傷が深すぎて、痛いというより、熱い。
 口内に広がる鉄の味だけが、妙に冷たい現実感を齎す。

 そうだった。もう、俺は、祝福の力は使えないんだった。

 咽喉を逆流する液体を吐きながら、思う。
 もう、昔とは違うのだと。

「レッティ!」

 悲痛な、声。
 俺を抱き上げようとする腕を、俺は上手く力の入らない手で跳ね除ける。
 魂を抉られたせいで視界を奪われ姿は見えないが、この場に俺を抱き上げるような奴は一人しか居ない。
 憎い、憎くて仕方が無い、柔らかなミルクティー色の髪を持つ、悪魔。
 成り行きで、仕方なく背中を預けていた、赤い翼を持つ悪魔。

「さわ……るな……」

 穢れた手で。
 穢れた存在で。
 アイツの、声で。

「その名を……呼ぶ、な……ぐッ」
「それどころじゃないでしょ!」

 叫びながら俺を抱き上げる悪魔の腕からは、妙に甘く懐かしい香りがした。



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