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頭が割れるように痛い。
二日酔い、と言うのだろうか。
経験は無いが、ガンガンと響くような痛みは、話に聞くそれによく似ている。
目も開けられないような痛みの中、荒い呼吸を吐いていると、不意に、額に何かが触れた。
指、だろうか。
ひんやりとした、冷たいが心地よい滑らかな指の感触。
優しく撫でるようにそれが過ぎていくと、痛みは嘘のように消える。
そうして俺は、驚く程すっきりした気分で瞼を開けた。
「……どうして……」
寝かされたベッドサイドに立っていたのは、白い堕天使。
髪も、肌も、瞳でさえ真っ白なその男は、少し呆れたような顔で、苦い笑みを浮かべていた。
「今の貴方では、悪魔の力を身体に馴染ませるのに、何百年かかるか分からないからね。
その痛み、いつまでも引きずって生きたくは無いだろう?」
「悪魔の、力……」
そうだ、俺は、死にかけて、それから。
「あの悪魔、は……」
認めたくは無いが、視界もはっきりしていると言うことは、あの悪魔の力を、俺は、受け入れてしまったということだろう。
己の失態に、唇をかみ締める。
その痛みが、自分が生きていると言う何よりもの証拠で、更に苦い思いが胸に広がった。
「貴方を置いて、どこかに消えたよ。
行き先までは分からないが、恐らく……」
親玉の……プラリネの、所だろう。
俺は上半身を起こして、自分の状態を確認する。
ご丁寧に、夜着が着せられている。
痛みは無い。だるさも無い。
苦痛のせいで汗はかいているが、それ以外に不快な部分はない。
そう、陵辱の、後も。
「…………」
俺は、無言のまま、拡げた両手を見下ろす。
あの時確かに友の手を握り締めたはずの、俺の手の中は、空っぽで何もない。
なにも。
「ジュレクティオ!」
ばさりと、耳元で聞こえる羽音。
視界を覆う、白。
俺の思考を中断させたのは、歓喜に彩られた見慣れた天使の綺麗な涙。
「……フィリタス」
「無事でよかった……! 突然絆が切れたので、心配したんですよ!」
痛いほどに抱きしめてくる愛しい天使の温もりに、心が安堵して、漸く冷静な思考回路が戻ってきた。
『此処で立ち止まるか、折角繋いだその命を有効に使うかは、貴方次第だ。
けれど、ここまできて諦めてしまっていいのかい?』
不意に頭に響く、堕天使の声。
気付けば、周囲から姿が消えていた。
あの方のことだ。どこか遠くでこの様子を見ているに違いない。
「悪い。心配かけたな。
俺は、大丈夫だから」
微笑むと、安心したように微笑む愛らしい笑顔に、心が安らぐ。
そうだ。
俺には失って取り戻した、大切な天使がいる。
こんなところで。
あの悪魔を、アイツを、諦めるわけにはいかない。
俺はフィリタスを抱きしめたまま、ベッドサイドにおいてあった、ロケットペンダントに手を伸ばす。
冷たい金属。だがこの中には、何度も立て続けた誓いが、想いが込められている。
大切な、友の一部とともに。
何があってもあの悪魔を止める。
そう、誓った。
『その天使には、今回のことは黙っていてあげよう。
面白い結末を、期待しているよ』
再び脳内に響く声。
その声を聞きながら、俺は。
愛しい天使と友の形見を手の中に収め、己を奮い立てるように瞼を閉じた。
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