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 次の日、目覚めた少年に、キアランは尋ねた。
「結局、何を代償にしたんだ?」
「うん?」
「契約の、代償だ」
「あぁ、あれか。なに、力を少しわけただけじゃよ。魂には、何の影響も無い」
 そう言って笑う少年に、青年は居心地悪く視線を逸らす。
 心配していた……そう思われるのが、気恥ずかしいのだろう。
「……ならいいけどよ……」
 呟いた彼に、少年は慈愛に満ちた優しい笑みを浮かべた。

 実際、分けたのは力だけだった。
 それも、本来悪魔が避けたがる、聖なる力と呼ばれる類の。
 『そんなものでよいのか?』と聞き返した少年に、あの堕天使は笑って言った。
 『自分は悪魔ではないから』と。まるで、天使以外の力を使いたがらないようだった。
 天使でも悪魔でも人間でもない曖昧な存在。
 いつだったか、堕天使という存在は、悪魔にその力を狙われることも珍しくないと言っていた。
 また、精神的も不安定で、悪魔へと堕ちる誘惑も多い、とも。
 元はかなり力のある天使だったようだが、それでもそんな状態で長い時を生きるのは容易ではないだろうに。
 彼は、なぜそうまでして、悪魔化を拒否するのか。

「もう、あんな無茶な契約するなよ」
 真横から聞こえた弟子の声に、ふっと少年は思考を現実に引き戻される。
 みれば、視線を逸らしたまま、やや顔を赤くする可愛い弟子の姿がそこにあって。
「……さて、どうかのぅ……」
 少年は曖昧に呟く。
 あの時、命など惜しくないと思ったのは、本当。
「私としても、避けたいところではあるがの」
 だが、この弟子を一人前にするまでは、死にたく無いとも思う。
 もしかしたら、あの堕天使にも、そんな相手が居るのかもしれない。
 天に背を向け、確固たる行き場を失って尚、完全に『天使』の名を捨てられない……悪魔に変われない程に。
 そんな確証のない想像をしながら、少年は穏やかな笑みを浮かべたのだった。



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