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「?」
「司祭様!?」

 獣の足元から、ぶわりと黒い炎が巻き上がる。
 それは、一瞬で派手に燃え上がり、まるで世界から隔離する空間を作り出すかのように、司祭と獣を囲んで大きな壁となった。

 ほんの少し、驚いた司祭の顔。
 その瞳に映る、頬に傷を持つ黒髪の三枚翼の天使の姿。
 それを見て、ユーデクスは微笑んだ。

 今にも泣き出しそうな、幸せに満ちた満面の笑みで。

「ありがとう」

 そう囁き、最愛の半身の額に祝福の口付けを落とす。

 これから先、無数に続く彼の人生が、幸せなものであるように。
 魔の蔓延る人間界においても、その魂の輝きを失わず居られるように。
 たとえ記憶から失われようと、彼を想い見守ることを誓うように。

 もてる限りの、愛を込めて。

 この奇跡に、感謝を。

 顔を離すと、穏やかに微笑む顔が視界いっぱいに広がる。
 愛しい友の表情に、思わず笑みが深くなる。

 そしてもう一度だけ、その色素の薄い瞳に映る自分を瞼に焼付け、ユーデクスは天界への扉を開けるように、大きく羽ばたいた。



「司祭様……!ご無事ですか!?」
 炎が消え、駆け寄る養い子に、司祭はゆっくりと視線をむける。
 その顔は、とても柔らかく満ち足りた笑みに彩られていた。
「司祭様……?」
「懐かしい、友に会った気分だよ」
 司祭は、天を仰ぐように、夜空を見上げる。
「あの獣は?」
「彼は、神の元へ帰ったよ」
「神、の……?」
 黒い炎も、獣も、何処にも見当たらない。
 あるのは、夜の冷えた闇の空気だけ。
 何もかも、幻のように消えてしまった。
 だが、確かに受け取った祝福が、胸の中に満ちている。
 司祭は再び少年に視線を戻し、呆然とした顔を見せる彼に柔らかく微笑んだ。
「私たちも、戻ろうか」
「…………はい」
 納得できない表情を隠せないままに、それでも頷く少年。
 そんな養い子を引き連れ、司祭もまた、己の日常へと戻っていったのだった。



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