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「血は止まっているね。見た目ほど深くはなさそうだ……自分で治したのかな?」
司祭はそう診断して、そっと傷口に手を翳す。
塞ぎきっていなかった傷口に注ぎ込まれる、暖かな祝福の力。
その温もりに浸るように、ユーデクスは陶然と目を閉じる。
自分を包み込む、半身の力。
自分と同じ力。
あぁ、なんて幸せなのだろう。
再びこの力に触れることが出来るなんて。
これを奇跡と呼ばず、なんと呼ぶのか。
傷の手当てが終わってもなお、気持ちよさげに瞼を伏せたままの獣に微笑んで、司祭はその頭に手を伸ばした。
ふかふかの体毛を梳くように、頭を撫でる。
少しひんやりとした低い体温の、だが誰よりも暖かで優しい温もりに満ちた指。
ずっと触れていたい。触れられていたいと、願ってしまう、懐かしい感触。
胸が、痛い。
嬉しくて、嬉しくて、胸が張り裂けそうだ。
無意識のなかで、千切れんばかりに振られる尾。
それを見た司祭は、慈愛に満ちた眼差しを向けてくる。
堪えきれず、涙が、あふれてきた。
獣の姿でよかった。零れた涙は、毛に滲んで分かりづらいだろうから。
もう、二度と、触れることはないと思っていた半身。
その彼が今、自分に触れてくれている。
触れて、いるのだ。
繋がって、いるのだ。
いまこの瞬間だけは、確かに。
「司祭様……」
控えめに割り込んできた第三者の声に、二人は同時にその声の主を振り返る。
そこには、所在なさげに佇む少年が一人。
「そろそろ戻らないと、皆が心配します」
「あぁ、そうだね」
指摘され、残念そうに立ち上がった司祭にあわせて、ユーデクスも身を起こす。
傷はすっかり癒えた。枯渇していた力も、体に良く馴染む祝福を与えられて、完全とは言えないが飛ぶには十分の力を取り戻している。
「もう、行くのかい?」
毛並みを整えるように体を震わせた獣に、司祭は優しく声をかけてきた。
一緒に来るか、とは聞かれない。
彼もわかっているのだろう。
この出会いが、本来ありえないはずの邂逅なのだと。
ならば、もう一つくらい、奇跡を起こしても良いではないか。
すぐに……天使の時間から見れば、ほんの瞬きほどの間に、今日の出来事がその記憶から滑り落ちてしまうのならば。
ほんのひと時でいい。
その瞳に、自分の姿を、映して欲しい。
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