= 6 =

「……っ」
「ホー、リィ?……っ」
 言葉を詰まらせたホーリィが、静止する間もなくユーデクスの首に腕を回し、唇を塞いだ。
 これ以上、拒絶の言葉を聞きたくないと訴えるように。血で体が汚れるのも厭わず。
 先程の仕返しだと言わんばかりに、たどたどしい動きで舌を差し出し、絡めてくる。
 その唇から注がれるのは、優しい温もりに満ちた、聖なる力。
 いけない……そう思いつつも、ユーデクスは抱きしめてくる華奢な体を突き放せない。それどころか、心に反した腕はホーリィの体を抱きしめ、引き寄せてしまう。
 されるがままだった口付けが、いつしかお互い求め合うような激しいものに変わっていく。
 一方的に貪るものとは違う、お互いを労わるような力の受け渡しは、激しいキスの中でもとても穏やかで。
 ユーデクスは理性を手放すことなく、力を欲して暴れる獣を胸の内にきつく繋ぎとめることができた。
 名残惜しげに唇を離し、幾分楽になったユーデクスは、苦笑を零す。
「ホーリィ、君という子は……大胆だね」
 その笑みに居たたまれなくなったのか、赤くなった青年は慌てて体を離し、視線を逸らしてユーデクスの体を……傷を見る。とはいえ、ユーデクスの腕はしっかりと腰に回されていたので、さほど離れることは出来なかったのだが。
 血を溢れさせていた傷は既に跡形もなくなり、残っているのは、いつもの目元の古傷のみ。
 それを確認したホーリィは、ユーデクスの腕の中でホッと肩の力を抜いた。
 そうして彼は改めて正面の天使に視線を合わせると、ゆっくりと手を上げ、最後まで残った古傷をそっとなぞりながら呟いた。
「貴方が、無事でいてくれるなら……私はいくらでも力を分けるから。……だからもう、独りで苦しまないでくれ」
 その苦しみを、分けて欲しい。
 まるで自身が苦痛に襲われているような、そんな苦しげな顔で言われてしまっては、拒否も出来ない。
「……君には、勝てないね」
「ユーデクス」
 茶化すように返せば、本気で言っているのだと睨まれる。
 ユーデクスはますます自嘲の笑みを深くして、ホーリィを引き寄せその華奢な肩に顔を埋めた。
「君を失うことがわかっていて、とても傍には居られなかった」
 小さな懺悔を、ホーリィは無言で受け止める。
 先を促すように抱きしめ返され、ユーデクスは勇気を得たように本音を零した。
「君を失ったら……私は、とても正気ではいられない……居られないんだよ、ホーリィ」

 それは、かつての友に最期まで言えなかった、ユーデクスの依存心。

 君なしでは、とても立つ事など出来ない。
 君なしでは、『ユーデクス』は存在すらできないのだ。

 温もりを、存在を求めるように、肩に額を押し付ける智天使を、若い天使はどう思っただろう。
 ホーリィは、そっと血に濡れた黒い髪に唇を寄せ、祝福を授けるような優しい口付けを落とした。
「私はここに……ずっと貴方の隣りにいよう。……だから…貴方も何処にもいかないでくれ」
「……ホーリィ……」
 思いも寄らない言葉。
 驚いて顔を上げる智天使に返されたのは、苦いものを含んだ笑み。
「傷ついた貴方を見て、私が何も思わなかったと思うのかい?」
 お互い様だよ。
 そう言われた気がして、ユーデクスは笑う。

 あぁ、やはり、敵わない。
 愛しい、愛しい、大切な友……『私』を救う、白い天使。

「……すまない……暫くこうしていてくれないかな……」
 湧き上がる愛しさのままに、もう一度腕に抱いた友の肩に顔を埋めて、ユーデクスは求めてみる。
 ほんの僅かに力が篭った、優しい腕の温もりが、その答えを優しく伝えてくれたのだった。


end...



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