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目の前に広がる花園。傍らには友の気配。
心を和ませる至福の時。
ユーデクスは、柔らかい風に長い黒髪を遊ばせ、神の加護を穏やかな表情でその身に受ける。
いつも通りの、穏やかな時間。
「先日、地上で星々に関する御伽話を聞いたよ」
いつものように、友が……アイゼイヤが雑談を始める。
天界に篭りきりの自分と違って、彼は良く地上に降りている。そこで様々な知識を得ては、自分に語ってくれるのだ。
変化に富む地上の話は、知らないことばかりでとても面白い。
今回は、どんな話を聞かせてくれるのだろう。
期待の眼差しを共に向ければ、彼はその純白の瞳を微笑ませて頷いた。
「双子の兄弟のものでね……」
そして、優しい声で静かに語り出す。
あるところに、双子の兄弟が居ました。
ふたりは生まれた時から一緒で、大変仲が良くいつでも一緒に行動し互いに協力し合って生きていました。
「まるで、私達のようだね」
生まれた時から、一緒とは。
嬉しそうに微笑むユーデクスに、アイゼイヤも穏やかに微笑んで同意する。
そして、続きを語り出す。
ある時、二人は親族との争いに巻き込まれてしまいました。
激闘の中、兄は従兄弟の槍で殺されてしまいます。
怒った弟は従兄弟を同じく槍で突き殺して仇を討ちましたが、一度失われた命は二度と戻ってきません。
悲嘆にくれた弟は、自らの体に槍を突き立て、兄の後を追おうとします。
しかし、どんなに努力しても、痛いだけで死ぬことが出来ません。なんと彼は、不死身の体を持っていたのです。
最愛の片割れを失い、自ら命を絶つことも出来ず、彼は絶望の中で嘆き悲しみました。
話の中、溜まらずユーデクスは傍らの友の袖を掴む。
どうして、こんなに胸が騒ぐのだろう。
「どうしたんだい、ユーデクス?」
穏やかに微笑む友の美しい表情が、更に不安を仰ぐ。
しかしそれを上手く言葉に出来ず、ユーデクスは静かに首を左右に振ると小さく笑みを浮かべた。
「何とも悲しい話だね」
「そうだね。でも、この話には続きがあるんだ」
とうとう弟は、兄の後を追わせて欲しいと神に懇願します。
弟の兄を思う深い愛に胸撃たれた神は、彼らが永久に共に居られるようにと、星として空に上げました。
「二人は、今でも仲良く空で暮らしているそうだよ」
そう穏やかに締めた友の話。
幸せな結末と言えるだろうに、何故か心が晴れない。
「……ユーデクス?」
「君は、ずっと傍に居てくれるかい?」
私の、傍に。
縋るように問えば、唯一無二の最愛の友は、クスクスと珍しく声を漏らして笑い、優しく頭を撫でてくる。
「私が、半身とも言える貴方を置いてくわけがない。それこそ、身を裂かれる痛みを感じるだろうに。それは私にとって何よりも罰だろうね」
きっと、御伽噺の兄も同じだったに違いない。そう答える友の手の温もりを意識で追いながら、ユーデクスは小さな声で呟く。
「きっと、弟も身を裂かれる痛みを感じたに違いないね」
絶望の中で、後を追えない己の業を嘆きながら。
「まったく貴方は……私が居なくなったら、どうなってしまうのか」
心配だよ。そんな様子を微塵も感じさせず、アイゼイヤは笑う。
有り得ない話だと、心の底から思っているのだろう。
自分でも、考えすぎだと思うのだから。
それでも。それでも、拭えない、予知にも似た正体不明の不安の中で。
「……私にも、わからないよ」
ユーデクスは、漸く作った笑みと共にそう答えるのが、精一杯だった。
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