怒って、お姫様抱っこ。 −リコリスとホーリィ−
= 1 =
「……ッ放、せ!」
掠れた声を上げながら、それでも必死に足をバタつかせて抵抗する天使。
そんな彼を横抱きに……所謂お姫様だっこをしながら、悪魔は黒い翼を力強く羽ばたかせて飛ぶ。
空間移動しないのは、傷ついたこの天使に負担をかけないためだ。
「そんな弱った体で何を言っているんだい?
満足に飛ぶ力も……歩く力もないくせに」
「……ッ」
事実を指摘され、天使は……ホーリィは悔しげな表情で口を噤む。
悪魔討伐の役目の最中、低級悪魔相手と侮り、背後から他の悪魔に攻撃を仕掛けられて翼を一枚犠牲にするほどの傷を負った。といっても、根元から奪われたわけではなく、少し……そう、半分ほど削られただけだ。
天界に戻ってきちんと休めば回復できるし、確かに今は満足に飛ぶことはできないが、戻るくらいなら出来ないこともない。
ちょっと……いや、かなり疲労するだろうが。
「まったく、君らしくない失態だね」
「……あれ、は……!」
反論しようと上がる声。
冷たい視線を向ければ、ホーリィは暫く視線を泳がせた後、結局黙り込んでしまった。
「あれは?」
「…………」
回答を拒否するように、瞼が伏せられそっぽを向かれる。
美しい顔が見られないのは辛いが、顔を強引に向かせるには両手がふさがっている。
リコリスはこれ見よがしに大きな溜息を零して、降下する。
目的地はもう真下だ。使いも飛ばしてある。
恐らく、【彼】も此方に来ているだろう。
「着いたよ」
「…………ここは…………?」
「……昔、とある天使が長く住んでいた森だ。
規模は当時より小さくなっているけれど、他の場所よりは天界に近い空気を纏っている。
今の君には、丁度いいだろう?」
「お前は……平気、なのか……?」
掠れた声で、天敵であるはずの悪魔の心配してくる天使に、リコリスは思わず慈愛に満ちた笑みを零す。
「神の加護が満ちているわけではないからね。影響は無いよ」
森に降り立ち、リコリスはホーリィを抱いたまま森の中を歩く。
澄んだ空気に満ちたそこは、一見すると天界の夏の森のようだ。
そうして5分も歩くと、見えてきた小屋の前に、一人の天使が立っていた。
長く黒い真っ直ぐな髪、青い瞳の長身の男。その背には四枚の……上級天使である智天使を示す白い翼が見える。
何よりも驚くべきは、その顔立ち。リコリスと双子かと思うほど酷似していて。
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