怒って、お姫様抱っこ。 −リコリスとホーリィ−
= 2 =

「いきなり使い魔を飛ばしてくるから、何事かと思えば……随分可愛い子を連れているね」
「コレは私のお気に入りなんだ。手を出せば容赦しないよ」
 リコリスが放つ独占欲丸出しの言葉に、天使は苦笑して肩を竦める。
「昔からは考えられない台詞だね。やはり環境が変わると性格も変わるのか」
「私は何も変わっていないよ。あえて言うなら、世界が広がっただけだ」
 その分、失った物も多いが。
 暫く呆然と成り行きを見ていたホーリィは、突然我に返ったように、再び暴れ出した。
「いい加減、に……放せ!」
 叫ぶと同時に、ホーリィは聖なる力を纏う。
 悪魔を拒絶し、除ける力。
 弱い低級悪魔であれば、光に触れるだけで焼かれて消滅することさえある。
 尤も、上級悪魔であるリコリスが、その程度の力を弾けぬはずもない。
 力を、抑えていなければ。
「……っ」
 しっかりと抱きしめていた手に走る、痛み。
 リコリスは一瞬眉をしかめたが、直ぐにいつもの穏やかな微笑を浮かべて、要求されるままにその体を解放した。
 地面に下ろされたはいいが、弱った体は言うことを聞かず、ホーリィはふらついてしまう。
 リコリスはその華奢な背を軽く押し、智天使の方へと押しやった。
 天使は心得たように、ホーリィの体を受け止め、朗らかに笑う。
「弱っている割に、威勢がいいね」
 その言葉に、今度はリコリスが肩を竦めた。
 そして、ジワジワと皮膚を蝕む焼けた手の痛みを誤魔化すように、嗤う。
「翼をやられているんだ。少し力を分けてやって欲しい」
 天に戻るのに、不自由ない力を。
 智天使は頷くと、ホーリィの体を支えるようにして、小屋へ入るよう促す。
「……あの……あなた、は……」
「俺はファルクス。見ての通り、智天使だよ。
 心配しなくとも、悪いようにはしない。俺の方が、あの悪魔より君の力になれるしね」
 そう言って微笑む智天使に、無意識に安堵の様相を見せる愛しい天使。
 その顔を確認した悪魔は、静かに彼らに背を向けた。
「……もう行くのかい?」
「天使は嫌いなんだ。
 それに、此処の空気は澄みすぎていてね。あまり長居はしたくない」
 智天使の問いかけに振り返りもせずにそう返すと、リコリスは黒い炎を周囲に纏う。
 後は、天使同士の問題。悪魔である自分の出る幕は無い。
 だが、ふと思い直して、彼はホーリィの方を向いた。
 微笑みながら細い腕を掴むと、智天使から奪うように引き寄せる。
 そして、掠めるような軽い口付けをし、再び華奢な体を智天使へと押し付けた。
「……、貴様……っ!」
「また美しい羽ばたきが見られるのを、楽しみに待っているよ」

 私の、愛しい、金のカナリア。

「……ッだれ、が……!」
 白金色の澄んだ視線に真っ直ぐ射抜かれ、リコリスは満たされた気持ちで微笑む。
 そして、視線で改めて智天使を牽制し、生み出した黒い炎の中に消えたのだった。



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