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とある昼下がりの、とある執務室。
(ど、どうしてこんな事になったんでしょう……)
最愛の司祭が使っている机の傍で、フィリタスは硬直したまま動けなくなっていた。
特におかしな術を掛けられたわけではない。ただ、何となく、動けない。
目の前にいるのは、一匹の蛇。全身真っ白で、艶やかな皮を持つ、美しい白蛇。
自然ではありえない、その真っ白な瞳に射抜かれて、天使は息が詰まるような思いをしていた。
普段、勇猛果敢に悪魔と戦う能天使が、だ。
たった一匹の蛇相手に、酷い緊張を強いられている。
「そんなに怯えなくとも、別に食べたりはしないよ」
嗤う様に目を眇め、赤い舌をチラつかせて蛇が言う。
嘘だ!と思わず叫びたくなるような、そんな不気味さで。
「……あ、悪魔の言うことなど、信用できませんっ……」
涙目になって、フィリタスは反論した。
本気で食べられるとは思っていない。が、下手に動けば、再起不能ぐらいにはされそうで、うかつに動けない。
蛇は肩を竦める代わりに軽くその頭を振り、天使を真っ直ぐに見据えた。
「貴方がご執心の司祭なら、今は席を外しているよ」
「そ、それくらい知ってますっ。仕事の邪魔はできませんからっ」
司祭の様子は、大概把握している。魂で繋がっているので、視ようと思えばいつでも様子が視られるのだ。
ただ、仕事中に突然近くに降りると驚かせるし、集中の邪魔になるので、極力しないようにしているだけだ。
今日も、執務室で待っていようとこうして出現したのだが、そこに運悪く(?)この白い悪魔と鉢合わせしてしまった。
どうも、フィリタスはこの悪魔相手だと調子が狂いがちになる。悪魔らしからぬ一見穏やかな雰囲気に、良く騙されては痛い目にあっているのだ。
いや、そんな穏やかな雰囲気を見せる悪魔を相手にすることは珍しくない。一番厄介なのは、この悪魔が、悪魔らしい気配を殆ど発していないこと。
そのせいで、根が素直な彼はつい騙されてしまうのだ。
故に、必要以上に警戒してしまう。
「ジュレクティオが帰ってくる前に、その容姿を……な、何とかしてください!」
それでも悲鳴のように懇願すれば、蛇は目を細めて嗤った。
「あぁ、彼は蛇が苦手だったね」
蛇が頭を持ち上げ、チラリと赤い舌を覗かせる。
瞬間、燃え上がる白い炎。それに煽られるように細かい粒子が弾け、その姿を構築した。
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