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 魔界に拵えられた、とある上級悪魔が住まう城。決して大きくないが、煌びやかで雅な造りの建物。
 その自室で、城主はゆったりとグラスを傾け、優雅な時間を過ごす。
 人払い…いやこの場合は悪魔払いか。彼しか存在しない部屋に満ちる静寂に浸り、無を楽しむのが、城主の趣味の一つだ。
 革張りのリクライニングソファに長身を預ければ、頭上で一まとめに括った長く豊かな黒髪が背凭れを覆う。
 悪魔である事を主張する、髪の隙間から伸びる歪な二本の角。整った顔立ちの中に置かれた、宝石のように美しい橙金と青銀のオッドアイは、もの思いに耽るように虚空を眺めている。
 彼は、上級階位に身を置く悪魔の中でも、比較的穏やかな性格の持ち主だと言われていた。
 無駄な争いを好まず、会話やゲームに興じることが多い。かといって決して弱いわけではなく、その力は確かに上級悪魔のもので、愛用の鎌を振るえば、大抵の相手は一撃でその刃に沈む。
 実際は、穏やかと言うより他人に興味が薄いだけ。争いを好まないのではなく、相手をいたぶる事に喜びを見出さない故に、戦闘に必要以上の時間をかけないだけなのだが。
 今回は、そんな彼の数少ない趣味の時間をさえぎるように、激しいノックの音が静寂を破った。
 同時に、言い争うような雑音が廊下に響いているのを知る。
 城主は無粋なそれに目を眇め、体勢を崩さぬまま、億劫そうな低い声を出した。
「どうしたのかな」
 低いが良く通る声。扉の向こうにも、きちんと伝わっただろう。
 それを示すように、執事をさせている配下の悪魔がすぐさま丁寧な応えを返してくる。
「お寛ぎ中申し訳有りません。主に会わせろと、東の屋敷の者が騒いでおりまして」
 東の屋敷……城主が所有する広い敷地の、文字通り東側に造った屋敷……いわば別荘だ。こうした屋敷は東西南北に配置してあり、彼は気に入った悪魔を配置し、その一帯の敷地を管理させている。
 東の悪魔は中級クラスだが、力は劣る方で、やや日和見の性格である。しかし、頭の回転は早く、城主は良い話相手として気に入り、屋敷を預けた。
 少なくとも、このような無様な醜態を晒したことは無いのだが。
「リコリス様! お手をお貸しください!」
 執事を押しのけ、無礼にも部屋へ転がり込んで来たのは、やはり件の中級悪魔。
 だがその顔には中級悪魔らしい余裕がなく、床に膝を付き、焦りと恐怖に満ちた酷く惨めな色に彩られている。



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