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「随分と騒がしいね」
 リコリスと呼ばれた城主は、ゆったりとした仕草で手にしたグラスをサイドテーブルに置く。
 そして、穏やかな笑顔や口調とは裏腹に、突然の来訪者に冷えきった視線を向けた。
「趣味の悪い香水まで付けて……どんな失態を演じたんだい?」
 中級悪魔から漂う、微かな天使の気配。
 傷を塞いで誤魔化していても、上級悪魔の目は誤魔化せない。
 この悪魔が、命からがら天使から逃げて来た事は明白だ。
「リコリス様……これは……っ」
「いけない子だね。自分のミスは、自分で始末しなければ」
 そう言うと、城主は立ち上がり、床にへたり込む中級悪魔に一歩一歩近づいていく。
 視線だけ冷たいままに、うっすらと空虚な微笑を浮かべ、彼は悪魔の頭上に手を翳した。
 瞬間、黒い炎が二人を囲うように床を舐める。
「少し出かけてくるよ」
 散歩にでも出るような軽い口ぶりで告げた城主に、見送る執事はただ深々と頭を下げる。
 それを満足そうに確認し、彼は地上へと移動した。

 別に、中級悪魔だけを地上へと飛ばしても構わなかった。
 だが、この悪魔をここまで追い詰めた天使に少し興味が湧いた。
 そう、少しばかり、その姿を目にしても良いと、思う位には。
 悪魔討伐は能天使の仕事。彼らの階級は中級第3位と、下から数えた方が早いくらいには、低い。
 そして、この悪魔は、力はそれほどではないが、頭は回る。早々簡単に尾を掴ませるとは思えない。
 それをここまで追い詰め、恐怖させた能天使とは、一体どんな小鳥だろう。
「実に面白いね」
 歌うように、リコリスは微笑みながら言葉を零す。
 気に入らなければ、消すだけだ。
 逃げようとする往生際の悪い配下を力で押さえつけ、囮の用に足元に転がしながら、リコリスは件の天使を待つ。

 悪魔から漂う残り香のような天使の気配が、遠い懐かしい誰かを思い出させて、妙に胸がざわついていた。



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