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 整わない呼吸。忙しない動悸。
 荒い呼吸を吐きながら倒れこんできたアイゼイヤの体を受け止め、ユーデクスはその幸せな重みに浸る。
 繋がった場所から注がれた友の精が吸収され、愛しい存在が全身に染み渡るような錯覚に、頬が緩む。
 視界に入った白く美しい手に指を絡ませ、ユーデクスは小さく笑いを漏らした。
「……ユーデクス?」 
「人間が……姦淫に溺れる理由が、分かった気がするよ……」
 こんなに……こんなに幸せになれるなんて、思わなかった。
「こんなに、君を近く感じたのは、初めてで……溶けるかと、思った」
 愛しい目の前の半身と、溶けて、混ざり合って、一つになって。
 歓喜の中で、体も心も満たされて。
「いっそ、溶けてしまえば、よかったのに」
「そうしたら……こんな風に言葉を交わすことも、温もりを分かち合うことも、できないだろうね」
 微笑む友の言葉に、ユーデクスは笑う。
「ふふ、そうだね」
 繋がったままだった場所が、名残惜しげに分かたれる。
 ずるりと体内を擦られる余韻に体を震わせながら、ユーデクスはアイゼイヤの背を確認するように指で辿った。
「痛いかい……? すまない……力加減が、出来なくて」
 皮膚に刻まれた爪跡。くっきりと付いたそれに、彼は申し訳なさそうに表情を曇らせた。
 その視線は何処か浮ついていて、意識も不明瞭なように感じさせる。
 そんな友に、アイゼイヤは笑って黒い髪を撫でた。
「私の方こそ、無理をさせたね」
「大丈夫だよ……ただ、少し……疲れた、かな」
 苦痛ではなく、心地よい疲労だが。
 しかも、周囲には心休まる友の気配があって……これで眠くならないはずが無い。
「異物を体内に受け入れたんだ。落ち着くまで、此処で休んでいきなさい」
「異物じゃ、ないよ」
 元は、一つだったのだから。
 同じもの……半身、だ。
 眠気の中でそう訂正するユーデクスに、アイゼイヤは愛しげに微笑む。
「そうだね」
 同意しながら優しく頭を撫でれば、その温もりに安心したユーデクスの瞼が静かに下りていく。
 やがて、薄く開いた唇から零れ始める安らかな寝息。
 それを確認したアイゼイヤは、互いの濡れた体を清め、改めてユーデクスの隣に横たわる。
 ふわりと虚空から出現させた一枚のシーツを分け合うように、素肌に包まって。
「おやすみ、ユーデクス。私の愛しい半身」
 存在を、感触を確かめるように指を絡め、そっとその肩に唇を寄せたのだった。



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