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 笑顔で人々に手を振る、白い豪奢な衣装に身を包んだ老人。
 たったそれだけで、多くの信者が歓声をあげ、時には涙を零す。
 数日に一度行われる、教皇の謁見。
 あの壇上に立つ老人が、偽者の教皇だと知っているのは、この中に何人いるのだろうか。
「良く、あんな笑顔を振りまけるもんだな」
 壇上が良く見える、教会本部ともいえる大聖堂の上部に設えられた一室。
 限られた人間しか入ることの出来ないその部屋から、一人の青年……キアランは謁見の光景を見下ろしていた。
 年は20を過ぎたばかりか。野性味のある精悍な顔には、隠す気も無い呆れの色がありありと描かれている。
 あの笑顔の裏に、一体どれだけの欲が隠れているのだろうか。と。
「何を他人事のようにいっておるんじゃ?」
 呟きを耳にした部屋の主が、読んでいた書類から顔を上げた。
 キアランの養父であり、師匠でもある。
 愛らしい、15,6歳ほどの青年。淡い金色の髪に、外見に似合わぬ知的で深い翡翠色の瞳。
 彼こそが、実は何百年も年を重ねた、『本物』の教皇、サンダピリア。
 そして今、その教皇の顔には、笑みが浮かんでいた。
 それも、聖職者らしい慈愛の満ちたものではなく、意地の悪い、人を小ばかにしたようなものが。
「おぬしもいずれ、あそこに立つことになるやも知れぬんのじゃぞ?」
「はぁぁ!?」
 突然の宣告に、キアランは思わず頓狂な声を上げて養父を凝視する。
 サンダピリアはその顔を鼻で笑い、再び書類に視線を落とした。
「当たり前じゃろう? おぬしは私の息子じゃ。当然、『教皇』の候補に入っておる」
 能力も申し分ないしの。
 そう涼しげな顔で締める義理の父親に、キアランは一瞬ぽかんとした後、慌てて言葉を吐き出した。
「俺が教皇!? 冗談じゃねぇ!」
「今のおぬしには、無理じゃろうがな」
 荒げる声に返る声は、どこまでも冷静で、ゆえにその宣言が本気であることを……冗談ではないことを感じさせる。
 言葉の出ないキアランに、養父は優しく微笑んだ。
「安心せい。年をとれば、誰でも落ち着きが出る。身体も動かぬようになるしの」
 年をとったら。
 普通の人間ならば、筋肉が衰え、自由に動ける範囲も、動きたいという意思も弱くなり、感情の起伏も穏やかになるだろう。



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