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ぬるり、と、何かが体を這っていく。
水ではない、もっと粘着質な液体を纏った、グニャグニャとした不確定で不安定な質感を持つ……この世のものではない何か。
恐らく、触手、と呼ばれる異形のもの。
視覚が奪われた状態では、それを明確に認識する術はないに等しい。故に詳細な形態はわからないが、その本数が一本や二本でないことは容易に知れた。
尤も、触手に這われる側は、そんな些細なことなど構っていられないほどの羞恥と危機感に襲われていたが。
微かに肌をなでる冷たい空気と、直に体を触手に這われる感触に、己の体が生まれたままの無防備な状態で晒されている事が解る。
両腕はそれぞれ、触手に巻きつかれ、頭上で万歳をするような格好で固定され、自由を奪われている。視界を奪われた瞼の上には、布の感触。頭部には、触手ではなく布のようなものが巻かれているらしい。布越しに光は無く、周囲は闇しかなかった。
何より屈辱的なのは脚だ。両腕と同じく脚に巻きついた触手で固定されているのだが、やはり両腕と同じように大きく開かれているのだ。しかも、M字型に。そのせいで、異常なほど反応している牡も、蜜が滴り猥らに艶めいている奥の秘穴も全て晒される形になっている。
「……ッ……」
ジュレクティオは、声を発すまいと唇を噛み締める。声を出せば、この状況を作り出した『主』を喜ばせることになる。
いくら夢とはいえ、己を好き勝手させるのは業腹だ。
だが、相手も彼の体を熟知している。何処をどうすればその体が悦ぶのか。伊達に十年以上研究してきたわけではないだろう。
腹を、腰を、背を、太ももを、耳朶を、そのありとあらゆる性感帯を、触手は同時に、緩やかに責めてくる。
しかも、夢の世界での快楽は、肉体より遥かに強く刺激的だ。ほんの僅か撫でられるだけで、中心部は大きく震えて蜜を零し、悦んでしまう。
挙句、立ち上がる竿に触手が絡みつき、絶妙の強さで扱いてきた。根元の玉にも絡みついた触手は、容赦なくそれを揉み扱き、更なる快楽を与えようと蠢いている。
「……、……っ」
体の奥の熱がそこに集まり、解放の時を待ちわびている。
思い通りになるのは癪だが、彼も人間だ。やはり直接的な刺激には弱い。
無意識にうっとりと、その触手の刺激に酔ってしまう。
「……ぁ、……!?……やめ……っ!」
今まさに絶頂を迎えようという時、ジュレクティオは嫌な予感に身を竦ませた。
そそり立つ牡の先端。蜜を零す小さな穴に押し当てられる、滑る感触。
どんなに虚勢を張っても、やはりそこに異物を受け入れるのは……抵抗も出来ないまま、強制的に受け入れさせられるのは、怖い。
恐怖に震える体を労わる事も無く、触手はずぶりとその狭い入り口に入り込む。
体を這う触手の中でも、一際細いものだ。だがそれでも本来の用途とは全く異なる、まして逆流する感覚は、痛みを伴う。
「……ぃっ、ぁ、ぐ……」
唇を噛み締め、ジュレクティオは長い苦痛に耐える。
うねりながらゆっくりと、触手は奥へ奥へと入り込んでくる。内壁を直接擦られ、ずるずると、体内から音がしてきそうな気さえする。
その間も太い触手は体を這いまわり、特に細い触手を受け入れる竿を重点的に刺激してくる。絶妙な強さで擦り、扱き、揉み……と快楽を与え続けてくるのだ。当然、屈辱的なことに、痛みは薄れ、代わりに快感が背筋を駆け抜ける。
「ヒィ、ぁアッ!!」
突然、ジュレクティオの体が大きく跳ねた。抑えきれなかったあられもない悲鳴が、喉を突いて出る。
中まで入り込んだ触手が、じゅるっと途中まで引き抜かれたのだ。
そうして、触手は再び中に潜り込む。そう、抽挿を開始したのだ。
「……ッ、……ぅ……」
唇を痛いほど噛んで、声を抑える。それでも、漏れる呼吸は先ほど以上に荒く、気を抜けば声を上げて悦んでしまいそうな……。
もはや痛みなど、殆どといっていいほど感じてはいない。背筋を駆け昇り、脳内を埋めるのは、痺れつつも身がとろけるような快楽だ。
おまけに、解放を中断された熱が、マグマのように体内で沸騰する。だが、イきたくても、出口を塞がれてしまってはどうしようもない。
恐らく、此処で声を上げて許しを請えば、夢の『主』は文字通り、天使の手を差し伸べてくれるだろう。
この世のものとは思えないほどの快楽を、与えてくれるに違いない。
だが、此方もそうアッサリと負けを認めるわけにはいかない。男としてのプライドが許さない。
「……、はっ……ぐ、んんぅっ……」
溜まる熱を少しでも解放しようと、浅く息を吐いた瞬間。僅かに開いた唇の隙間に、太い触手がねじ込まれた。
口の中を蹂躙し、喉の奥を突き、それだけで飽き足らず、喉を通って胃の中に直接進入してくる。
胃の中のものが逆流しそうな、呼吸さえままならない苦痛。眦に生理的な涙を湛えつつ、命の危機を感じるはずのその状況に、ジュレクティオは快楽を覚えて愕然とする。
「……!?」
胃の中に、直接注ぎ込まれた正体不明の液体。大量に吐き出されたそれに胃が膨れ、言いようのない恐怖と嫌悪を覚える。だが、口を塞がれては吐き出すこともできない。暫くもがいていると、まるで酸性の液体を流し込まれたかのように、胃からジワジワと熱が生まれ、それは徐々に全身にいきわたってきた。
熱い。熱くて熱くて、神経が焼ききれそうだ。
「……か、はっ……」
全身に熱が回り、意識が朦朧とし始めると、ずるりと、触手が喉を擦りながら口から出て行く。
だらしなく開いたままの口を閉じることも、飲まされた液体を吐き出すことも出来ず、ジュレクティオは喘ぐように酸素を口から取り入れる。
まるで全身が神経になったかのように、過敏になっている。流し込まれたのは、催淫効果のある液体、だったのだろうか。
飲み込みきれない唾液が顎を伝う、その感触にも背筋が痺れるような快感を覚える。
先程まで尿道を弄んでいた触手の動きが、今は止まっているのが唯一の救いか。とはいえ、未だ狭い管を埋められたままなので、熱は解放できていない。
「……ひッ……」
そんな中で、突然胸の尖りを摘まれ、情けない悲鳴が上がった。
硬くなった両のソコを、丹念に摘み、擦り潰し、弾かれて彼は上半身を震わせ悶える。
明らかに、今までの触手の動きとは違うそれ。
乾いた指先の、感触。
「、ゃ……やめ、ろ……」
懇願するような濡れた声に返るのは、くすくすという楽しげで暗い笑い声。
顎を掬われ、深い口付けを与えられる。
触手とはまた違う、濡れた熱い舌が、口内を蹂躙する。吸われ撫でられて、過敏になった神経が痺れ、脳を冒していく。
不意に、視界が晴れる。
布を取られたのではない。瞼を覆う布の感触は未だ解けていない。
脳が認識した光景は、酷く屈辱的なものだった。黒い布で目隠しをされ、うねる異形の生き物に拘束されて浅ましい呼吸を繰り返す、一人の黒髪の男。すっと視線が降ろされれば、そこには触手を尿道に差し込まれ、ヒクヒクと震える醜い欲望が晒されている。
目を逸らしたくても、直接脳裏に流される映像は消すことが出来ない。
こんな風に、自分と直接繋がった行為が出来るのは、一人しかいない。
「やめ、ろ……フィリ、タス……」
「どうです?自分の姿を、こうして客観的に見た感想は」
つつ……と今にも破裂しそうなほど高ぶる欲望の裏筋を、夢の主は楽しげになぞる。
それだけで首が仰け反り、脊髄を駆け抜ける快感に震えた。
そんな様子まで、つぶさに脳内に再生され、あまりの屈辱に目頭が熱くなる。
「浅ましく快楽に溺れて……苦しいのでしょう……?」
助けを呼ばないのですか? そう優しい天使の声音で問われ、ほんの一瞬、ジュレクティオの脳は痺れたように思考を停止する。
心地よい声。いつまでも聞いていたいと、鼓膜を震わせて欲しいと、まるで麻薬のように求めたくなる。
「ジュレクティオ……欲しいのでしょう?私が」
優しく澄んだ、天使の声音が、自分を呼ぶ。まるで、淫魔のような巧みさで、誘惑してくる。
「やめ、ろ……フィ、リタ……ス……ァッ」
だが、ジュレクティオは、その異常なまでの精神力で誘惑に抵抗した。
必死に首を左右に振り、目の前の天使を拒む。
助けを求めれば、直ぐにでも楽になれるだろう。だが、それを求めるということは、同時に、目の前の天使を堕天の危険に晒すということになる。
「なん、で……こ、ッな……はぁ、ぅっ!」
最近は、言動はともかく、こんな卑猥な行為を仕掛けるような事は無かった、のに。
一体、何をそんなに怒らせてしまったのか……。
「……っ、やめ……ァッ!」
今まで放置されていたまだ硬い蕾を指でなぞられ、無防備な体が大きく跳ねる。つぷ、と、指の先端が潜りこめば、それだけで達してしまいそうな、電撃にも似た快感が全身を駆け巡る。
「ヒ、ァ……ぁ、ぅ、うごかす、な……ァァッ」
未だ解放されない熱が、再び頭を擡げる。グツグツと体内で蠢き、絶頂の瞬間を求めて下半身で悶えている。
身を捩ることすら思い通りにならない体が、こんなにも辛いとは。
「強情ですね……それとも、私では満足できませんか……?」
「ッ、フィー……?」
ほんの少し、声に混じる悲しげな色。その違和感を聞き逃せず、ジュレクティオが熱に浮かされながらも問いかけようとした時。
指が、中からずるりと抜かれた。
その僅かな刺激にさえ、震えてしまう体。だが、余韻に浸る間もなく、彼は恐怖と嫌悪に体を強張らせた。
指が抜かれた場所に、代わりに宛がわれたのは、滑る一本の触手。強制的に脳に送られてきた映像を見る限り、太くはあるが、そこまで規格外の大きさではない。
それでも、ジュレクティオは、顔を恐怖に引きつらせ、悲鳴のような声を上げた。
「や……やめろ!フィー!……いやだ!や……ッ!!」
プライドも何もかなぐり捨てて、必死に懇願する。
普段の彼からは想像もつかない取り乱し方に、天使は驚きつつ苦笑を零す。
「仕方ないでしょう……?貴方が、私では満足できないというのなら……」
「……いや、だ……フィー……」
首を左右に振り、泣き濡れた声で訴える。
どうしても、嫌なのだ。
今にも中に入らんと力を込める触手に、ジュレクティオの体は強張り入り口を硬く閉じてそれを拒否したのだった。
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