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必死の抵抗も空しく、液体を纏った触手は、ぬるりとジュレクティオの中に進入を果たした。
内壁を擦りながら、ずるずると着実に、奥へ奥へと潜り込んでくる。
「……ぁ、は……くぅッ……!」
無理矢理広げられる内部は、僅かな痛みと、それ以上の快楽を持って、敏感になった神経を冒す。
触手がうねると、直腸が押し広げられ前立腺を擦られて、ビクビクと体が痙攣する。
それだけでも気が狂いそうな刺激だが、触手は容赦がなかった。
突然、それまで沈黙していた尿道の触手が、抽挿を再開する。同時に、後部を犯す触手も激しい抽挿を開始したのだ。
「……ッ、ァ!……か、はッ……んぁ、アァ!」
もはや、声を抑える余裕などない。抵抗も出来ない人間は、触手の良い様に弄ばれ、喘がされ、快楽に全身を支配される。
悲鳴のような嬌声が、真っ暗な空間に響く。
「やぁ!……も、やめ……フィー……フィー!たす、け……アァっ!」
ぬちゃぬちゃと、濡れた卑猥な音が、鼓膜を侵す。視界は再び闇に閉ざされ、目の前にいるはずの愛しい天使の顔さえ見ることが出来ない。
あるのは、いきすぎた快楽と、それに翻弄される自分だけ。否、自分の存在すらも怪しくなるほど、思考は痺れ、狂い始めている。
終りの見えない快感。恐怖と悲しみに胸が埋められ、絶望に意思が折れそうになる。
それでも、彼は縋るように天使の名を……かつて呼んでいた、愛称で叫んだ。
「……いや、だ……頼む、ッ、から……フィーッ……ヒァッ、ア……ッ」
「ジュレクティオ……」
己を呼ぶ人間に、何を思うのだろう。声を詰まらせた天使が、再び唇を塞いでくる。悲鳴を飲み込むように、深く、長く。
舌を掬い上げ、歯の羅列をなぞって。吐息を混ぜるような、濃厚な口付けで。
「……私が、欲しいですか……?」
ここに。触手を飲み込む奥の秘部の襞をなぞり、優しい声が囁く。その声は、何処か濡れて熱を帯びた艶が滲んでいた。
ジュレクティオは必死に首を上下にふり、肯定する。
「お前、じゃない、と……っ……いや、だ……ぁッ……!」
そう言い終わるか、終わらないか。ずるり、と触手が彼の胎内から抜けていった。
未だ前の出口は栓をされたままだが、それでもジュレクティオの体からほっと力が抜ける。
突然咥えるものを失った下の口は、物欲しげにひくついて。
「……フィー……ほし、ぃ……お前、が……!」
理性を失い、本能のままに叫ぶ彼に、天使は笑いを漏らす。その声は嘲りよりも、慈愛の色が濃い。いや、喜び、だろうか。
「慌てないで下さい……大丈夫、私は何処にも行きませんよ」
触手と入れ替わりに宛がわれる、熱い昂り。
一番太い部分をゆっくりと埋め込まれ、その幸福感に心身を浸らせる間もなく、一気に奥まで貫かれた。
「……ひ、ぁアァァァッ!!!」
びくんびくんと、ジュレクティオの体が数回、痙攣する。
頭の中が、一瞬真っ白になる。指先からつま先まで、全身の筋肉に力が入り、同時に全てから解放される瞬間。
突然締め付けられた天使は、その緊張から一変して放心する愛しい人間を見て、楽しそうに嗤った。
「空イキ、ですね……そんなに、欲しかったんですか……?」
放心状態から徐々に回復する中、耳元で事実を指摘され、羞恥に涙が滲む。
前をふさがれたまま、精液を放つことも無く絶頂を迎えた。まるで、女のように。
そう、まだ、体の中の熱は解放されないまま、塊となって沸騰しているのだ。
「まだまだ、これからですよ」
「……ッ、はぁ、……ん、ゃッ」
落ち着く余裕さえ与えられず、激しい律動に体を揺さぶられる。正面から抱き合うように差し込まれているせいで、フィリタスの白い布地に自身の欲望が擦られ、ゾクゾクと背筋が震える。
只でさえ、神経が過敏になっているというのに……穢れ無き天使の衣に醜い欲望を擦り付けているという背徳感が、更にジュレクティオの快感に火を点ける。
「やぁッ……また、イ、く……フィー!あぁっ!も……やぁ!!」
先程絶頂に達したばかりだというのに、浅ましい体はもう次の天国を求めている。
否、どれほど達しても、満足など出来るはずもないだろう。欲望のはけ口は未だ蓋をされたままなのだから。
それでも、一度ドライオーガニズムを覚えた体は、無意識にその解放の瞬間を求めて浅ましく熱を上げるのだ。本人の、プライドに関係なく。容赦なく。
「はァ、ッ……フィー……、たのむ、から……いかせ……ヒィ、んッ……取って、くれ……ッ」
荒い呼吸の合い間に懇願する人間に、天使は慈悲深く淫靡な笑みで口付ける。
殆ど息を乱すことなく律動を続けながら、今にもはち切れそうな触手に絡まれた欲望を、愛しげに撫でる。
「きもち、いいでしょう……?」
「……よく、なぃイっ……こんな……ひァ、アァ!」
否定した瞬間、今まで無いほどに触手がきつく欲望を締め付け、奥に侵入してくる。ジュレクティオは溜まらず背を仰け反らせた。
「嘘は、良くないですよ?……こんなに快楽に溺れて……浅ましく可愛い、私のジュレクティオ」
30も過ぎた男に、可愛いも何も無いと思ったが、何百年と生きてきた天使にとっては、30年足らずしか生きていない人間など、赤子同然だろう。
尤も、そんな赤子にこんな卑猥な行為を仕掛けるのもどうかとは思うが。まして、天使が。
「たすけ……フィー……もぅ、む、り……!」
「いいですよ……もう一度ぐらい、天国を見ておきなさい」
「ヒィ、ャ!アァ、あ、フィー!フィー!もッ……ア、あァァァ!!!」
クスクスと笑う天使を、布越しに睨みつける余裕も無い。
深く深く、前立腺を抉るように欲望を捻じ込まれて、ジュレクティオは二度目の絶頂へと導かれる。
触手に囚われしがみ付くことも出来ず、不安定な状態のまま全身の筋肉を痙攣させて、体内の欲望を締め上げた。
「……、……」
同時に注がれる熱い飛沫。じわりと吸収され広がるような錯覚を覚えるほど、それは体に馴染み、立て続けに達し疲弊した体に言いようの無い安堵と幸福感を与える。
「……フィー……」
掠れた小さな声で呼べば、優しくも深く甘い口付けが与えられる。
それにうっとりと酔いしれ、ジュレクティオは今だ熱に浮かされたまま、意識で懇願する。
抱きしめたい、と。
言葉に出す必要などない。言葉に出さずとも、強い欲求ならば相手に伝わる。魂で繋がっているのだから。
「……ん、ぅ……」
下半身の繋がりを解き、口付けはそのままに、天使は触手の拘束を解く。
自由になったものの、疲労に脱力して体を支えられないジュレクティオを、フィリタスは抱きとめる。そして、空間に作り出した柔らかな寝台の上に、彼を寝かせた。
羽が詰まっているのであろう、ふわふわの枕に顔を埋め、ジュレクティオはされるがまま、抵抗も出来ずにうつ伏せになる。
「……フィー?」
「綺麗な背中ですね。まるで、今にも翼が生えてきそうです」
つつ……っと背中に浮き出る肩甲骨を指でなぞられ、未だ敏感なままのジュレクティオの体は仰け反り、震える。まだ視界は暗いままで、その天使の顔を見ることは叶わない。だが、声からして、酷く楽しそうな雰囲気は伝わってくる。
「んっ……ちょ、も……無理……だッ」
「何言ってるんですか。まだ一度も射精していないでしょう……?」
そう揶揄されながら、背中を覆うように抱きしめられ、腰を引き寄せられる。少し浮いた下半身と寝台の間に差し込まれた、細く長い指を持つ手。それが捕んだ欲望はまだ硬いままで、未だ細い触手が絡みつき、先端にはしっかりと栓がされている。
「……だれの、せいだ……!」
「貴方が悪いんですよ。あんな悪魔に、気を許したりなどするから……こうして、お仕置きをしないといけなくなるんです」
「あく、ま……?ひっ!」
再び、今度は背後から欲望を捻じ込まれ、ジュレクティオは再び息をつめる。
ガンガンと先ほど以上に容赦なく突かれ、彼はなす術も無く枕に顔を埋め、嚥下できない涎をたらして喘ぐ。
「ぁ、はッ……ひぁ、アァッ……あ、ひぅ……ッ」
角度が変わると、快感もまた変わってくる。
もう、虚勢を張る気力も、プライドを気にして抵抗する余裕も無い。
快楽を求めるように浅ましく自ら腰を振り、あられもない声を上げて悦ぶ。
浅く、深く。時に輪を描くように穿たれ、胸元の尖りも指で弾かれ摘まれて、あっという間に3度目の限界はやってくる。
「フィー!も、……いく……いくぅ……あぁぁッ!!」
「いいですよ……頑張ったご褒美です」
ほんの少し、息を乱した天使が、微笑みながら最後の触手を解き、欲望を解放する。
瞬間。
「……あっひ、あ、あぁぁぁぁぁっ……」
ビクビクと組み敷かれた体が痙攣し、絶頂を迎える。背を仰け反らせ痺れる快感に酔う彼の、ようやく解放された牡からは、タラタラと勢い無く白濁の蜜が溢れ続ける。それだけでは飽き足らず、最後の方には白濁に混じり、金色の液体もトロトロと零れ、真っ白な寝台を穢した。
「……ふ、ぁ……」
あまりの快感に放心し続ける人間を愛しげに見やりながら、フィリタスは自身もまた、昇りつめた後の欲望をずるりと胎内から引き抜く。
「ふふ。失禁するほど、気持ちが良かったんですね」
ちゅ、っと頬に口付けされ、ジュレクティオはその幸福感に身を震わせた。
危機感は、あるのだけれど。このまま自分が快楽に溺れたら、何処までも容赦のないこの天使が堕ちてしまうかもしれない、と、霞んだ脳裏で思うのに。
「フィー……」
身を捩り愛しい天使に手を伸ばせば、視界を覆う布は取り払われ、ようやくその顔を目にすることが出来た。
柔らかな金髪。少し熱の篭った眼差しで自分を見つめる、夏の空のような青色の瞳。その背後に広がるのは、光り輝く純白の翼。美しい、美しい、天使。
どんなに手を伸ばしても、届かないと思っていた存在が、此処に……自分の目の前にいる。
それを幸せと呼ばず、一体何を幸せと呼べるのだろう。
「ジュレクティオ」
柔らかな声が、耳朶を擽る。それだけで、解放したばかりの熱が再び身に宿るのが解る。
手を伸ばさなくても、心が繋がる天使は力の入らない体を仰向けにし、体を寄せてくれる。
汚したはずの寝台は、しかし少しも濡れた感触は無く、さらさらとした心地よい肌触りで疲れた体を受け止めてくれた。
「服、が……汚れる……」
「大丈夫ですよ。貴方のものなら、全てが愛しいんです」
そう笑いながら、天使は優しく抱きしめ、、再び体を繋げてくる。
今度は穏やかな心でそれを受け入れ、ジュレクティオは愛しい体を抱きしめ返し、肩に顔を埋めた。
「……ん、ぁっ……はぁ、くッ……」
卑猥な音と艶やかな嬌声を空間に響かせながら、絶え間ない快楽に再び彼の脳内が痺れてくる。今度は、先程のように狂うような熱に冒されていないからだろうか。それとも、想いを寄せる相手に抱きしめられているからだろうか。安堵も混じった状態で、余計に意識が朦朧としてくる。
やはり、感情が通い合うと快感も穏やかで、心地良い。
心ごと丸裸にされ、普段は言えないようなことまで、口をついて出てしまう。
「フィー……すき、だ……おまえ、だけ……んぁっ」
「……私も、好きですよ……愛しい人……」
返ってくる言葉が嬉しいのに、なぜか切なさが胸にじわりと広がる。
その切なさから目を逸らし、ジュレクティオは漸くやってきた、穏やかな逢瀬に身を委ねた。
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