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広い執務室に、若い修道士が一人。
年は15歳程だろうか。細く華奢な体に似合わぬ大きな執務机に向かい、先程から書類と格闘している。
だが、慣れない事務仕事でどうすれば良いのかわからず、先程からその手はペンを握ったまま微動だにして居ない。
(さて、困ったね)
澄んだ橙金と青銀のオッドアイを彷徨わせ、彼は内心頭を抱える。
読み書きはできる。単語も理解できる。
だが如何せん、こういう事務仕事に従事した事がないので、書類の一般的な書き方がわからない。
彼の上司に当たる司祭から手本や資料は貰っていたので、わかる範囲は終わらせたが、それでもカバーしきれない部分は多い。
悩んでもわからぬ事柄に、修道士が天を仰いだ時、不意に白い影が視界の端に飛び込んで来た。
象牙でできた彫刻のような、白く美しい指。それは、滑らかな動きで書類の一点を指差す。
「ここに、その資料に載っている教会の名前を書けばいい」
いつの間に来たのだろう。
まるで白の象徴のような、美しい男が机の前に立って、書類を覗き込んでいた。
「教会の名前を書いたら、その横に責任者の名前を書いて、寄付金の額を書く」
白い指が書類を滑り、隣りの枠を指す。
動きに合わせて揺れる赤いピアスに目を惹かれながら、それでも修道士は説明に意識を向けて問うた。
「責任者?」
「その書類に書いてあるはずだよ。なければ過去の資料か、教会の一覧から引くしかない」
「気の遠くなる作業だね」
『その書類』の山を眺め、素直な感想を漏らした修道士に、白い男は笑みを零した。
「貴方には少々難易度が高いかな?」
僅かな皮肉交じりの言葉。
問わずとも、分かっているだろうに。
若い修道士は怒りもせず、ただ愉快そうに微笑んだ。
「君の方が得意そうだ」
明瞭で綺麗な声が書類を読み上げる。
それを聞き取り、成長途中の少年独特の華奢な手がペンを走らせ、書類を作成していく。
時に二人で書類を覗き込み、癖のある字の解読をしたり、頭を悩ませたりした。
息の合った共同作業。
そういえば、こういう風に二人で作業を……『お役目』をしたことはなかったな、と頭の片隅で思う。
同時に、今、彼とこうしていることに、幸せを覚えるのだ。
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