いきなり800字から1400字に増えましたw
あっれぇ?
黒歴史の子供達で短編。
お題提供は、前回同様、ひよこ屋様の「おもちゃ」より。
<設定の簡単な補足>
お兄ちゃんは過去に一時的に人工知能化していました。が、弟の死とほぼ同時に人間に戻ります。
そうして、亡くなった弟の遺伝子でお兄ちゃんはクローンをつくった……というお話。
以下、折りたたみ
<アヒルさん>
「やっぱり、お風呂にはアヒルさんでしょ?」
そう言って彼は、ぱしゃりと手でお湯を飛ばしながらアヒルを揺らす。
不思議な色合いが移ろう銀色の瞳を笑わせて。その表情は、とても17歳とは思えない無邪気な子供のようだ。
此処では慣れた日常だが、誰も居ない浴室で独り言のように話しかけるその姿は、他から見るといっそ滑稽かもしれない。
だが、彼が話しかけている先は現実ではなく、ネットワークの世界だ。現状、私が唯一存在できる、仮想の世界(バーチャル・リアリティ)。
端から見れば、私は人工知能のプログラム、ということになるのだろう。
『やりすぎだ』
私は書類(データ)整理をこなしつつ、画面越しのその様子にげんなりして短く返した。
なにせ、水面は黄色で埋め尽くされて、湯さえ見えないのだから。
湯船に溢れる黄色いアヒルの隙間で、長いシルバーブロンドの髪がキラキラと光を乱反射する。
見るものを惹きつける美しさというのは、こういうことを言うのだろうか。
「だってねぇ、こうすると、アヒルさんにいっぱい触れるんだよー」
アヒルの群れの中に埋もれた彼は、酷く楽しげで、呆れつつも内心笑みが浮かんでしまう。
そんなことを喜ぶ年でも無かろうに、と。
『早く出ないと、またのぼせるぞ』
感情を隠して冷静に指摘すれば、はぁい、とやや間延びした返事と共に、彼は湯から立ち上がった。
用意しておいたバスタオルで体を拭きながら、彼はふと思いついたように私に話しかけてくる。
「アヒルさん、あげようか」
『……何?』
また、碌でもないことを思いついたものだ。
彼は体に付いた雫を適当に拭うと、バスタオルで体を包み、暫し集中する仕草を見せる。
ほぼ同時に、整理途中のデータの前に、一匹の黄色いアヒルが現れる。
それは、我が物顔でデータの合間を歩き回り、時折思いついたようにこちらを向いて一声クァと間抜けな声を出した。
「どう?僕の持ってる奴より素敵でしょ?」
『邪魔だ』
「えー?なごむでしょー?」
画面越しに彼を睨めば、ワザとらしくも無邪気な笑顔がこちらを見ている。
間違いなく、確信犯だ。
「これでも見て、少しは気を和ませなきゃ。
カゴに入れとけば、出てこないよ」
仕事を増やすな。という無駄な抗議はしなかった。
すれば、更にアヒルを増やされる可能性があるからだ。
長い付き合いで、彼の性格は十分すぎるほど理解している。
『……そうだな』
結局、私は一番無難だと思われる答えを返した。
「どうした?」
画面の前で無言で立ちすくむ子供に、私は背後から問いかける。
返答は無い。代わりに、子供は静かにPCディスプレイの端を指差した。
そこには、カゴに入ったアヒルが一匹。小さなカゴの中を行ったり来たりと動いて、時折思い出したようにクァっと声を上げる。
私の性格からは想像もつかないのだろう。自覚はある。
「あぁ……これは、昔貰ったものだ」
無邪気に動くアヒルから目を移し、子供を見る。
食い入るように画面のアヒルを見つめる、不思議な色合いが移ろう銀色の瞳。背を流れる美しい銀色の髪。その顔には彼のような笑顔は無く、全くの無表情だ。それでも、そこには確かに彼と同じ血が、細胞が息づいている。
たとえ、記憶が無かろうとも。
「欲しいか?」
どうせ、データを子供のPCへ移すだけだ。大した手間ではない。
だが、子供は相変わらずの無表情で、言葉なく静かに首を左右に振った。
私は、そうか。と一言呟いて、そっと子供の頭を撫でる。
あの時の彼の髪の手触りも、こんな風だったのだろうか、と想像しながら。